第6話・聖女と、謎のハリネズミ


「一応ね、いろいろと試してみたんだよ。伯父上のフェルトン家は代々学者の家系だし、いろんな本で調べたし、いろんな医者や薬師、魔法使いや賢者にも治せないものかと聞いてみた。だけど、無理だったんだ。だから、私と伯父上は、おそらく近いうちに亡くなってしまうだろう。今日、あの聖女に治療が無理だとわかった時点で、父上にはお別れしてきたよ」


「そんな悲しい事を言わないでください」


「でも、これが現実なんだ。なので、君には最後みっともないところを見せてしまう事になるかもしれない」


「そんな……」


 命の恩人が、会ってすぐに亡くなるかもしれないなんて、悲しすぎる。

 異世界生活、なんてハードモードなんだろう。


「でも、まだあの聖女の人に、ちゃんと診てもらっていないんでしょう? まだ望みがあるんじゃないですか? ちゃんと診てもらったら、治るかもしれないじゃないですか」


 だけど、ユリアナ王女もアルバトスさんも、首を横に振った。


「おそらく彼女は、治癒や回復系の呪文は使えないのではないかな。それに彼女は確かに若くて美しい人だけど、聖女というタイプではないと思う。どちらかと言えば、毒婦ぽいかな」


「毒婦って!」


 すごい言われようだなぁ、あの女の子。

 私と違って、あんなにも周りから望まれていたというのに、全ての人が彼女を望んでいたわけじゃないのかもしれない。


「彼女よりも、君の方が聖女っぽいかもしれないよね」


「は? 何、言ってるんですか?」


「だって、その子の傷を治しただろう?」


 その子、というのは、サーチートの事だ。

 確かに、とアルバトスさんもユリアナ王女の言葉に頷く。


「ところでさ、この子は、一体何なの?」


「え?」


「この子、魔物なの? でも、何か変わっているよね。触り心地が布っぽい時もあるし、でも温かいし動いてる。この子、一体何なの?」


 何なのと問われても、何なのでしょうねとしか答えられない。

 この子は私のスマホケースなんです、と言っても、多分ユリアナ王女やアルバトスさんにはわからないだろうし。


「ぼくの事、気になるの?」


 サーチートはテーブルの上で、私の前にぽてっと座っていたんだけど、突然話題が自分に向いたので、目を輝かせて立ち上がった。そして、


「ぼくの名前は、サーチート。オリエちゃんのスマホだよっ!」


 と、節をつけ、小さな手足をバタバタさせながら歌い踊る。

 どうやらこれがこの子の自己紹介の仕方らしいが、とても可愛いんだけど、この自己紹介では相手には何もわからないだろうなぁと思う。


「えっと、スマホって、何?」


 やっぱりわかんないよね。ユリアナ王女の問いに、私は苦笑した。


「えぇと、スマホというのは、私が居た世界で使われていた、とても便利な道具です。それを使って、そばに居ない相手と話したり、調べ物なんかも簡単にできるんです」


 私がそう説明すると、ユリアナ王女は、「便利だね」と感心したものの、サーチートを見てまた首を傾げた。


「で、この子でどうやってそんなに便利な事ができるの?」


「それは……」


 なんて説明しようか。

 今のサーチートは、スマホを持っていないんだよねぇ。

 サーチートはスマホっていうけど、実際はスマホケースだ。

 小さな両手足にケースがついていて、そこにスマホをはめ込んでいたんだけど、私のスマホは一体どこに行ってしまったんだろう?


「オリエちゃん、ぼくを使う?」


 頰をピンクにして、わくわくしたような顔で、サーチートが言う。

 うん、と頷くと、サーチートはころんとテーブルの上に、仰向けに転がった。

 すると、サーチートの白いお腹のあたりから、スマホが現れる。

 これ、一体どう言う仕組みだ?


「オリエちゃん、触って?」


 ころんと寝転んだサーチートが、つぶらな瞳で私を見つめる。

 すごくうっとりとした表情をしてて、ちょっと引いてしまった。

 でも、今はユリアナ王女たちにスマホの説明をする流れだったから、何かして見せなくてはならない。

 私は少し考えて、『糸井織絵』と入力してみた。

 こんな事を入力しても何も反応しないだろうけど、他に何も思いつかなかったから。だけど――。


「これ、何?どういう事?」


 何故か、自分の名前でヒットした。

 驚いて、サーチートの顔を見つめると、サーチートは私の顔を見つめ、


「これは、今のオリエちゃんの事だね」


 と言う。


「ねぇ、どうしたんだい?」


 ユリアナ王女とアルバトスさんが、サーチートのお腹の画面を覗き込む。

 だけど二人は首を傾げた。

 どうやら二人には、スマホの文字がわからないようだ。まぁ、日本語だしね。


「えと、この文字は私の世界のものなので、多分お二人にはわからないでしょう。この文字をタップ……軽く押してみたら、この文字の内容がわかるわけなんですけど……」


「そこには、なんて書いてあるんだい?」


「それは……『現在の糸井織絵』って……つまり、私の事が書いてあるみたいなんですけど……でも……」


 一体何が書かれているのだろう?

 もしかして、異世界に転移したとか書かれているんだろうか?


「じゃあさ、ここ、押してみたらいいんじゃない? 何が出てくるか、見てみようよ」


 確かにそうだ。

 私は頷いて――『現在の糸井織絵』という表示をタップした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る