第45話・ユリウス・フェルトン
「あなた、本当にユーリなの?」
「あぁ、そうだよ。そんなに面影がないのかい?」
私は首を横に振った。肌の色、髪の色、瞳の色は同じだし、面影はある。
目の前の彼は、多分、ユーリを男性にしたらこんな感じだろうという姿そのものだ。
だけど――。
「でも、私がずっと一緒に居たユーリは、女の子だったよ?」
そう、ユーリは……ユリアナ王女は、ナイスバディの美女だった。
胸だって大きかったし、触った事はなかったけれど、あの胸は絶対に本物だったと思う。
だから、信じられない。
私がそう言うと、彼は頷いた。
「まぁ、確かにそうだよね。簡単には信じられないよね。でも俺は、本当は男だったんだよ。生まれる前にね、母親の胎内で、性別を変えられたんだ」
「そんな魔法があるの?」
「あぁ、あるんだ。俺の母が、命をかけて、俺をそれにかけたんだ」
頷いた彼は、苦笑する。
どうしてお母さんはそんな事をしたのかと問うと、深い息をつき、言った。
「男として俺が生まれたら、殺されてしまうって思ったからだよ」
「え?」
「母は不思議な人でね、妊娠した時に、俺が男だとすぐに気づいたらしい。だから俺を守るために、その術を使った……」
彼の話は、驚くばかりだった。
どうやら彼の出生には、大きな秘密があるようだった。
「続き、聞く?」
と問われ、私は頷いた。
「でも、あなたが話したくない事なら、聞かない」
私がそう言うと、彼は金色の瞳を優しく細め、優しいね、と呟くように言った。
「俺は、聞いてくれるのなら、君になら、全部話すよ。俺がユリアナだと信じてもらいたいしね。でも、これ以上は長くなるから……」
とりあえず着替えていいかな?
そう言った彼に、私は彼がまだ毛布を体に巻き付けてはいるものの、服を着ていない事に気が付いた。
改めて、目のやり場に困って俯いてしまう。
気まずくなった私は、話題を変えた。
「自分の事、俺って言うんだね」
女性だった時は、ずっと「私」って言っていたはずだ。
体が変化したから使い分けているのだろうと思ったのだけど、彼は首を横に振り、不思議な事を言った。
「俺は、自分の秘密を知った時から、ずっと俺って言ってたんだよ?」
「え? でも、ずっと私って言ってたよ?」
「そうだね、そう言わされていたんだ。俺が本当は男だって事が、どこからバレるかわからないからね。だから伯父上が、外見に合う言葉遣いになるように、魔法をかけて矯正してたんだよ。伯父上が考えた、言語矯正魔法っていうやつらしいよ」
「そんな魔法もあるんだね」
うん、と苦笑する彼に、私は吹き出してしまった。
アルバトスさんっていろんな魔法を知っているんだなぁ。
彼がシャワーを浴びて、着替えをしている間、私は朝食の準備をしていた。
アルバトスさんの家の台所に立つのは、久しぶりだ。
とりあえず消化の良い物がいいだろうと、また野菜を適当に切って、野菜たっぷりのスープを作る。
スコーンの生地を作ってオーブンに突っ込み、焼き上がるまでにオムレツとウィンナーを焼いて、盛り付けてテーブルに並べた時、彼が着替えて姿を現した。
「うっ……」
シンプルな白いシャツを褐色の素肌に纏い、銀色の髪を無造作に束ねた彼を見た瞬間、私は変な声を漏らしてしまった。
「どうかした?」
と、優しい金色の瞳に見つめられ、私は何でもないと首を横に振り続ける。
彼は不思議そうな表情で私を見ていたけど、テーブルに並べた朝ごはんを見て、美味しそうだね、と嬉しそうに笑った。
眩しい笑顔に、私は思わず彼から目をそらす。
ちょっともう、私、どうしたらいい?
この人、めちゃくちゃカッコいいんだけど!
そりゃね、ユーリ……ユリアナの時もね、ものすごーくカッコ良かったよ?
男装の麗人みたいだったし、王女様だけど、王子様みたいだった。
そんなユリアナがね、今男性になって、私の目の前に居るの!
身長はユリアナだった時よりも十センチ以上……二十センチ近く高い。
ユリアナだった時だって、私よりだいぶ背が高くて百七十センチ近くあったはずだから、今は百九十センチ近くあるって事だよね。
眩しくて、カッコ良すぎて、直視できないよっ!
「あのさ、オリエ……」
「な、何っ」
「やっぱり、気持ち悪い? 男の俺は、受け入れる事はできない?」
「え? な、なんで?」
私はどうして彼がそんなふうに言うのかわからなかったけれど、
「だって、さっきから俺の事、見ないようにしてるし……。さっき、自分で確認してきたけど、そんなにおかしい姿じゃなかったと思うんだけど……」
「いや、違う違うっ! 気持ち悪いとかいうんじゃなくてっ!」
どうやら私の行動が、彼を不安にさせてしまったらしい。
私は違うと彼に否定したけれど、彼は納得していないようで、まだ不安そうな表情をしていた。
「じゃあ、何?」
「それはっ……」
あなたがカッコ良過ぎて、直視できないだなんて、恥ずかしくて言えない。
だから他の言葉を探そうと思ったのだけど、その前に、
「やっぱ、体が変化するとか、気持ち悪いに決まってるよね」
と俯いた彼が深いため息と共に言ったので、思わずこぶしを握り、言ってしまった。
「違うよ! 今のあなたが、ユリウスがすごくカッコいいから、すごくカッコいいから、直視できないだけだよっ!」
すごくカッコいいから、というのを、思わず二回も言ってしまった。
重要だから二回言ったわけではないけど、二回も言ってしまうくらい、カッコいいのだ。
「ユリウス?」
顔を上げた彼――ユリウスは、不思議そうな表情で私を見つめた。
「今、ユリウスって言った?」
「う、うん、ユーリって言ったら、以前のあなたか、今のあなたかわからないから……ごめん、駄目だった?」
私の問いに、ユリウスは首を横に振った。
それから嬉しそうな表情で、
「俺はずっと、君にそう呼ばれたかったんだ」
と言う。その眩しい笑顔を、私はまともに見てしまった。
ユリウスくん、あなた、カッコいい上に可愛いってどういう事だと、叫びたくなった。
「オリエ、俺は、君にとってカッコいいと思える存在なのかい?」
嬉しそうな笑顔のまま、ユリウスは私を見つめ、聞いてくる。
私は多分、また真っ赤になっていただろうけど、うん、と素直に頷いた。
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