第46話・ユリウス出生の秘密


 食事を終えた頃には、誤解の解けたユリウスは、私をからかう余裕まであった。

 その態度にホンの少し腹が立ってしまったけれど、ユリウスがカッコいいのは本当の事だし、まぁいいかと思う。

 呼び名の事は、ご本人の願いもあり、私は彼をユーリではなく、ユリウスと呼ぶ事にした。

 すっかりユーリという呼び方で定着してしまっていたのだけれど、そう言えばユーリと呼んでほしいと言われた時、「今は」と言っていたような気がする。

 あれは、もしかしていつかはユリウスと呼んでほしかったからかもしれない。

 オブルリヒトの名を捨てた彼は、今後は、ユリウス・フェルトンとして生きて行くのだそうだ。


「さて、話の続きをしようか。まずは、俺の母親の話から……いや、母と父の話だね。昔、オブルリヒトの王子だった父がこのシルヴィーク村に立ち寄った際、二人は互いに、一目で恋に落ちたらしい」


 私は王様に聞いた話を思い出していた。

 ユリウスのお父さんとお母さんは、大恋愛だったんだね。


「父に望まれ、母は父の妻になった。だけど、それは周りが望まぬ結婚だったらしい。何故ならその頃のオブルリヒト王家は、財政的に傾いていたらしくてね、小さな村の若い学者の妹でしかない母との結婚は、祝福されたものではなかったんだ。だけど、父は強引に母と結婚した。その時病気で寿命が短い父王の、ある条件――母の他に側室を娶る事と引き換えにね」


 王様のお父さん……つまり、ユリウスのお祖父さんは王様に、後ろ盾のないユリウスのお母さんと結婚する代わりに、お金持ちの商人の娘を側室にするように言ってきたらしい。

 どうしてもユリウスのお母さんと結婚したかった王様は、お祖父さんの条件を呑んで、ユリウスのお母さんと結婚をした。

そしてその後すぐにお祖父さんが亡くなって、王位を継いだらしい。


「でも、ここから母の地獄が始まった……」


 ユリウスは深いため息をつくと、辛そうに続きを口にした。


 王宮の人たちは、お金の力でみんな側室の女の人――ジュニアスのお母さんであり、今のお妃様の味方になってしまったのだ。

 ジュニアスのお母さんは、王様の寵愛を受けるユリウスのお母さんが憎くてたまらなかったらしく、いろんな手を使って、排除しようとしたらしい。


「そんな中、父の二人の妻は、ほぼ同じ時期に妊娠した……。オブルリヒトの王位継承権は、男子のみにある……この意味、わかるよね?」


「うん」


 つまり、王子を産んだ方が、次期王の母になるという事だ。

 ジュニアスのお母さんは、絶対にユリウスのお母さんが王子を産む事を阻止したかったに違いない。

 それこそ、母子共に殺してしまおうとしただろう。

 欲しいものがあれば、何としても手に入れる……ジュニアスのお母さんは、ジュニアスが言っていた通りの人だったわけだ。


「母は、妊娠した時、俺が男だとすぐにわかったらしい。どうしてわかったのかという事までは俺も知らないんだけど、産んで無事育てるために、胎内の赤ん坊の性別を変えたんだ……自分の命を削って、ね」


 そうして赤ん坊は、本来なら男として産まれるはずだったのが、女として産まれてきた。


「だけどその魔法は、術者の命が消えれば解けるものだった。母は俺を産むために命を削って長くない。だから、伯父上が術を引き継いだ。そして……昨日伯父上は、一度死んだ。だから俺にかけられている魔法が、解けたんだ」


 私は、昨日の事を思い出して、泣きそうになってしまった。

 私とユリウスを庇って、ジュンに刺されたアルバトスさん……蘇生呪文が成功したから良かったけど、アルバトスさんは一度死んでしまったのだ。


「伯父上が俺にかけていた魔法は、他にもある。あの人は、全てを知った俺がジュニアスたちに復讐を望んだから、俺の力を――持って生まれた力と、ユリアナとした得た力を、半分以上封じていた。だから、伯父上が死んだ時、まず力が戻った」


 封じられていた力というのは、ジュニアスたちと戦っていた時にユリウスが纏っていた金色の炎のようなものの事なのだろう。


「言語矯正呪文は、体の変化がすぐにこなかったから、そのままだった。体の変化は……二十年以上、女の体だったからね。すぐには変わらなかったようだ。昨日の夜から今朝にかけて、少しずつ変わっていったよ。見かけも、中身も、全部変わった……すごく、気持ち悪かった……」


 そう言ったユリウスは、また深い息をつく。

 一晩中聞こえていた苦しそうな声は、そういう事だったのか。

 そばに居て、手を握っていてあげたかったな、と呟くと、ユリウスは首を横に振り、見られたくなかったのだと言った。


「女から男の体に変わるんだよ? どうなるかわからないし、多分、君の時みたいに、綺麗なものじゃないと思ったから……」


「私の時?」


 どういう事だろう?

 首を傾げた私に、ユリウスは続けた。


「覚えていないかい? ほら、ノートンが時空の鏡を使って、もう一人の君を殺してしまっただろう? その後君は、その……前の君から、今の君へ、姿を変えていたんだよ」


「そ、そうだったの? 全然気づかなかった……」


「君は白く淡い光に包まれて、前の君から今の君へと、姿を変えたんだ……。その様子はすごく、綺麗だった……」


 ユリウスみたいな美形から綺麗とか言われると、どんな反応をしていいか困ってしまう。


「君の時に比べて、多分俺のは、生々しかったと思うから……」


 だから見られたくなかったのだと、ユリウスは言った。


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