第44話・朝まで待って
真夜中の真っ暗な森を、少し怖かったけれど、私はユーリが心配で、一気に駆け抜けた。
一気に駆け抜けられたのは、サーチートが教えてくれた、ライトの呪文があったからだ。
テニスボールくらいの明るい球体を出せる魔法なんだけど、足元までばっちりと照らしてくれるから、おかげで助かった。
アルバトスさんの家は、真っ暗だった。
夜も遅いし、ユーリは寝ているのかもしれない。
だけど、もしも体調が悪くて、倒れていたら?
そう思うと、居ても立ってもいられなくて、私はユーリの部屋の方へと足を向けた。
「ユーリ? 起きてる?」
ドアを軽くノックをして、声をかける。すると中から、
「オリエ? どうして?」
と、ユーリの声が聞こえた。
ユーリはものすごく驚いているようで、声がすごく掠れていて、いつものユーリの声よりも、低かった。
「ユーリが居ない事に気づいたの。アルバトスさんたちは大丈夫って言ったんだけど、心配でたまらなくって」
私がそう言うと、ありがとう、という小さな声がドアの向こうから届いた。
「オリエ、ありがとう。でも、伯父上の言う通り、大丈夫だから」
「そう? 本当に?」
「あぁ、本当だよ」
「じゃあ……」
安心したいから、顔だけでも見たいな。
私はそう言おうと思っていたのだけど、それよりも先に、部屋の中から苦しそうに呻くような声が聞こえた。
私は心配のあまりドアを開け、同時にライトの呪文を唱え、部屋を照らす。
「ライトの呪文、覚えたんだ?」
ユーリは、ベッドに横になっているようだった。毛布を頭まで被り、
「ごめん、明かりは、やめてもらえるかな」
と言う。
「ごめん、眩しかったよね? でも、私、ユーリの事が心配で……」
「いや、ごめん。心配、かけて……。でも、しばらく、一人にして、欲しいんだ。できたら、朝まで……。私は、大丈夫、だから」
ユーリはそう言ったけど、何度も言葉を切って、すごく苦しそうだった。
こんな状態のユーリを一人にしたくなくて、ユーリに何があったのかはわからないけれど、看病するよと申し出たんだけど、ユーリの返事は、少なくとも朝までは一人にしてほしい、だった。
「ユーリ、私が、信じられない? 私の事、嫌いになっちゃった?」
ユーリのために何かしたかったのに、拒絶された私は、悲しくなってしまった。
ユーリは頭まで毛布を被ったまま、顔を見せてくれないのだ。
迷惑ばっかりかけちゃったから、嫌われてしまったのかな。
そんなふうに思っていたら、
「嫌われるんじゃないかって思っているのは、こっちだよ」
と、小さな声でユーリは言った。
「ユーリの事、私が嫌うはずないよ」
「そう、信じたい。私は、オリエの事が、大好きだから……」
「何言ってるの、大好きだよ!」
大好き、大好き、と繰り返すと、震える声で、ユーリはありがとうと言った。
声が震えているのは、体調が悪いせい?
それとも、もしかして泣いているの?
私はユーリの体をぎゅっと抱きしめてあげたくて、ベッドで横になっているユーリの元へと近寄ろうとしたんだけど、
「朝まで、待って」
と、ユーリは近寄らせてくれなかった。
「オリエ……今、私には、想定外の事が起こっているんだ。まさか今、こんな事になるなんて、思っていなかった。とりあえず一晩、時間が欲しい」
「ユーリ……」
「約束するから……。明日の朝には、自分がどんなふうになっていても、必ずオリエに会って、理由を話すから……。だから、今は、そっとしておいて欲しいんだ。お願いだから……」
「わかった……」
ユーリはどうしても、今は一人になりたいようで、私は心配でたまらなかったけれど、ユーリの気持ちを尊重する事にした。
ユーリの気持ちを尊重する事にしたものの、心配でたまらない私は、貸してもらっている部屋から毛布を持ってくると、ユーリの部屋の前に座り込んだ。
約束をしたから、ユーリの気持ちを尊重するつもりではある。
だけど、心配だから、少しでもそばに居たかった。
ドアの向こうからは、苦しそうな呻き声が、ずっと聞こえていた。
すぐにでも中に飛び込んで看病したかったけど、ユーリとの約束を思い出して、ぐっと耐える。
だけど、これが取り換えしのつかない事になってしまったらどうしようと思うと、泣きそうになって――多分、泣いちゃって、そのまま寝ちゃってたんだろうね、気づくと、朝になっていた。
「ユーリ……大丈夫かな……」
約束の朝だ。ユーリは大丈夫かな? 私に会ってくれるかな?
声をかけようか悩んでいると、部屋から物音がした。
ユーリは起きているようだ。最悪の事になっていなくて、ほっとする。
「う、わあっ!」
「え? ユーリ、大丈夫?」
中から大きな声が聞こえて、その後派手な物音が続く。
私は思わずノックもせずに、ユーリの部屋へと飛び込んだ。
部屋の中はカーテンが閉められていて、薄暗かったけれど、カーテンの隙間から漏れる光で、中の様子がわかった。
「え?」
ユーリが居るはずの部屋で、一人の男の人が、派手に転んでいた。
彼は毛布をかぶっていたけれど、多分上半身裸で……もしかすると、下半身も何も身に着けていないかもしれない。
私は目のやり場に困ったのもあって、彼から視線をそらすと、部屋の中にユーリの姿を探す。
だけどこの部屋には、床に転んだままの男の人しか居なくて、ユーリの姿はどこにもなかった。
ユーリが居なくなって、この男の人が現れた。
この人がユーリに何かをしたのだろうか? だとしたら、許せない。
「いたた、まずいな、上手く体が、動かない」
彼は体調が悪いのか、転んで体が痛いのか、なんとか体を起こすと、はぁ、と息をつく。
「あなた、誰?」
と言うと、彼はまた深い息をつき、言った。
「君に会う前に、自分の姿を確かめようと思ったんだけど、やっぱり変わってるって事だね」
「え? 何言ってるの? まさか……」
ユーリが居るはずの部屋に居た、男の人……もしかして……でも、そんな事、あるはずが……。
「まだ、体が上手く動かせないんだ。オリエ、カーテンを開けてくれるかい?」
「わ、わかった……」
私は謎の男の人に言われるがまま、ユーリの部屋に入り、カーテンを開けた。そして――。
「え?」
ユーリの部屋に、ユーリの代わりにいた男の人は、褐色の肌に、眩しい銀色の髪をしていて。
「初めまして、オリエ。俺の名前は、ユリウス・フェルトン。昨日までは、ユリアナ・オブルリヒトと名乗っていた者だよ」
と、金色の瞳を優しく細め、言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます