第20話・時空の鏡


「アルバトス、あなた、この事に気づいていたのではありませんか? そして、彼女を元の世界に戻そうとしていたのではありませんか?」


 ノートンの問いかけに私はギクリとしたが、アルバトスさんは平然としたまま、


「まさか、そんなはずないじゃないですか」


 と答えていた。

 それを聞いたノートンはニヤリと笑い、


「そうですか。それなら、良かったです。もしもそんな事をしようものなら、国家反逆罪になるところでした。何しろ、彼女はオブルリヒト王家が召喚した、聖女の可能性があるのですから」


 と続ける。

 国家反逆罪って、私が元の世界に戻っていたら、アルバトスさんは罪人になってたって事?

 混乱する私に、ユーリがチラリと視線を送ってきた。

 声を出さないまま、小さな唇の動きだけで、「逃げろ」と告げる。

 でも、ノートンの話の流れからすると、今私が逃げ出したら、アルバトスさんもジャンくんもモネちゃんも、みんな捕まっちゃうって事なんじゃないの?


 それに、いくらユーリがこのオブルリヒト王国の王女様と言っても、今の状況から考えて、お咎めなしという事にはならないんじゃないかな。

 私が逃げれば、みんなに迷惑がかかる――そう思い込んだ私は、ここから動く事ができなかった。


「おい、ユリアナ、何をしている。いくらお前でも、その女を逃がせば、ただでは済まさんぞ」


 思っていた通りの言葉がジュニアス王子の口から飛び出して、私は体を震わせた。

 ほら、やっぱり、私がここから逃げると、みんなに迷惑がかかっちゃうんだ!


「ただでは済まないとは、どういう事でしょう?」


 気が強いユーリは、ジュニアス王子に言い返したけど、それは火に油を注ぐようなものだったらしい。


「ユリアナ、お前、以前から思っていたのだが、兄に対しての礼儀がなっていないな。王宮を出て育ったせいだろうが、躾けてやらなければならんな」


 ジュニアス王子はそう言うと、両手を前へと突き出した。そして、


「ウインドウォール」


 と呪文を唱えると、空気をかきわけるように、両手を左右へと動かす。

 すると、突然強い風が吹いて、ユーリ、アルバトスさん、ジャンくん、モネちゃんの体を、左右へと吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたみんなは、近くの木々へ強く体を打ち付ける。


「オリエちゃーんっ!」


 もちろん、小さなサーチートの体も飛ばされてしまい、私の目の前には、ジュニアス王子――いや、ジュニアスとノートンが迫っていた。


「逃げろ、オリエ!」


 ユーリの声が耳に届いたけれど、私は怖くてそこから一歩も動けなかった。


「さて、お前もこちらの世界へ、転生してもらおうか」


 私を見、ジュニアスはニヤリと笑うと、ノートンへ、


「やれ!」


 と命令を下す。


「御意!」


 ノートンは叫ぶと、腰に差していた細身の剣を引き抜き、呪文を唱えた。


「サンダーソード!」


 細身の剣はパチパチと放電し、ノートンはその雷を纏った剣を、時空の鏡へと近づけて――鏡の中の元の世界の私へと、突き立てたのだ。


 時空の鏡を通して雷を纏った剣を突き立てられた元の世界の私は、感電したようにビクビクと大きく体を震わせた。

 それと同じ事が、この異世界に居る私にも起こっていた。


「い、いやああぁぁぁっ!」


 全身が痺れ、上手く呼吸ができなくなっていた。

 立っていられなくなって、その場に崩れ落ちて倒れてしまう。


「オリエ!」


「オリエちゃんっ!」


 ユーリとサーチートの声が聞こえた。

 助けてほしくて、精一杯手を伸ばすけれど、今の私には二人の声がどこから聞こえたのかが、わからなくなっていた。


「はぁ、あ、ああっ」


 なんとか呼吸を整えようと、必死に深呼吸を繰り返すが、上手くいかない。


「ほう、これは……」


 ジュニアスとノートンは、私と時空の鏡を交互に見ながら、ニヤニヤと笑っていた。

 鏡は常に私に向けられていて、鏡の中の元の世界の私のそばには、お医者さんや看護師さんが居たのだけれど、時空を超えて突き立てられた雷の剣が見えないようで、どうして突然苦しみだしたのかがわからないみたいだった。

 そして元の世界の私は、ビクビクと体を震わせ続けていたが、やがてピクリとも動かなかった。


 自分が死んだ――殺されてしまった事を、私は理解し、私を殺したジュニアスとノートンを睨みつける。


「いい目をするな」


 ジュニアスは楽しそうに私を見下ろしていた。


「さて、これからどうなるのだろうな」


 本当に楽しそうにしやがって、こいつ、ぶん殴ってやりたい……。

 だけどそう思うだけで、私は体を動かす事ができなかった。

 もう、ジュニアスとノートンを睨みつける事もできない。

 息苦しくて、体の中が何かでかき回されているみたいで、力が入らない。


「オリエ!」


 ユーリの声が聞こえたが、聞こえただけで、私にはもう何もする事ができなかった。

 ただ、ユーリが私の事を、必死に助けようとしてくれているのはわかった。


「ジュニアス、やめろ、オリエに触るなっ!」


「ユリアナ、邪魔をするな。お前はオブルリヒトの王家の者だ。そしてこの女は、オブルリヒトが召喚した聖女だ。ウインドウォール!」


「う、わぁっ!」


 会話から察するに、ジュニアスは私を助けようとするユーリを、またウインドウォールで吹き飛ばしたようだ。

 吹き飛ばされたユーリは、大丈夫だろうか。

 ユーリが心配だったけれど、今の私には、もう意識を保つ事が難しくなっていた。


 ユーリ、ごめんね。


 心の中でユーリに謝って、私は意識を手放した。


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