第145話・そんな場合ではないでしょうに



 聖水を納品した翌日、朝食を食べていると、のんびりとアルバトスさんが言った。


「そう言えば、いよいよジュニアス王子が自分こそがルリアルーク王だと、宣言するようですねぇ」


「え? 何で知ってるんですか?」


「サーチートくんが、これを見せてくれましたからね」


 ぴらりと見せられたのは、昨日商都ビジードでばらまかれていた号外だ。

 私たちが受け取った分は、子供にあげたけれど、サーチートが持って帰って来ていたようだ。


「まぁ、ジュニアス王子は、ずっと自分がルリアルーク王になりたいと思ってらっしゃったようですが……世界に向けて宣言とは、派手な事をされますねぇ」


 号外を見ながら、アルバトスさんは深いため息をつく。


「オリエちゃん、ジュニアス王子って、誰だっけ?」


 くい、と首を傾げてサーチートが言う。

 サーチートもジュニアスにはいろいろとひどい事をされたと思うんだけど、どうやら忘れちゃったらしい。

 この世界に来て、かなり経ったもんなぁ。


「でも、ぼくはユリウスくんの方が、ルリアルーク王みたいだって思うんだけどなぁ。ジュニアス王子っていう人も、ユリウスくんみたいに、ルリアルーク王みたいな人なの?」


「さぁ、どうでしょう? だけど、ジュニアス王子は誰かが自分こそがルリアルーク王だと言う前に、名乗ってしまいたいのでしょうね」


 ちらりとユリウスに視線を移し、アルバトスさんが言った。

 ユリウスは興味なさそうに、そうなんだろうね、と言う。

 ステータスに、『ルリアルーク王の父』と記載されている、現オブルリヒト王の息子であるジュニアスが、自分こそが現世のルリアルーク王であると宣言するなら、ルリアルーク王と違う色を纏っていたとしても、民衆は信じるだろうしね。

 実際、今もジュニアスがそうだと信じている人が大勢いるはずだ。これだけ派手に宣伝しているんだからね。


「まぁ、ルリアルーク王を名乗りたいなら、好きに名乗ればいいけど……。そんな事やってる場合かとは思うな」


 深いため息をつくユリウス。どうしたのかと尋ねると、ユリウスはアルバトスさんへと目を向け、言った。


「伯父上、ゴブリンって、こんなに多いものでしたっけ?」


 え? どうしてゴブリンの話?

 首を傾げると、サーチートが、ものすごーく多いよね、と、ものすごく嫌そうな表情をした。

 そりゃ、ゴブリンホイホイしてしまうサーチートは嫌だろうけど、今、どうしてゴブリンの話が出るんだろう?


「そうですね、確かに最近のゴブリンの多さは、異常だと思います。このシルヴィーク村の森付近には居ないようですけど、ネーデの森では異常発生していますからね。それに、黒魔結晶の件もある……」


「あ、そうか……」


 確か、ゴムレスさんも黒魔結晶の件は、脅威度はSクラスって言ってたな。

 それに、最近のゴブリンの多さの件……確かに一国の王子として、世界中に自分がルリアルーク王であると宣言してる場合じゃないよね。

 そんな事よりも、魔物対策に動くべきだ。


「伯父上は、どう思いますか? 今回のゴブリンの異常発生……商都ビジードのギルドでは、すでに対策を講じているようなのですが……」


「商都ビジードは、冒険者ギルドも商業ギルドも本当に優秀ですね。それに、おそらくガエールの方でも同じように動き始めているでしょう。それがいつなのかはわかりませんが、おそらく起こる可能性は高いでしょう……。本当に、自分がルリアルーク王だという宣言など、している場合ではないですよ」


 ユリウスとアルバトスさん、なんかものすごく怖い事を話しているんじゃない?

 一体何が起ころうとしているの?


「オリエちゃん、ゴブリン・スタンピードだよ」


「え? それ、何?」


「あのね、ゴブリンが大量発生してね、それが暴走して人々を襲ってくる事だよ」


 え? それって、大変じゃん!

 ジュニアス、本当に何やってるんだよ!


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