第112話・素敵衣装の行方



「じゃあ、この衣装はどうなるんですか?」


 それをローレンスさんに尋ねると、彼は苦笑し、言った。


「そうですね、それも貰っておこう、と言っていただければ万々歳ですが、オブリールの商人ギルドの手前、それはないでしょう。だから、そのまま持ち帰りになるのではと思います」


「それでいいよ。アタシ、ジュニアス王子の事、嫌いだし。途中から、ジュニアス王子のためじゃなく、自分のためにこの衣装を作ってたしさ。この衣装は、アタシの最高傑作だよ」


 リュシーさんは自分が作ったルリアルーク王の衣装を纏っているユリウスを見て、満足そうに頷いた。


「あの、持ち帰りになった後は、どうなるんですか?」


「そうだね、どうしようか。大金を出しても買いたいって言う奴がいたら、売っちゃうかもしれないけれど、それまでは、商人ギルドから依頼料だけもらって、店に飾っておこうかな。これね、すごく気に入っちゃったんだよね。だから、気に入った相手にしか渡したくないし、ぶっちゃけジュニアス王子に絶対に選ばれたくない」


「じゃあ、もしも売ってもいいって思ったら、私に売ってくれませんか?」


「は?」


 私がそう言うと、この場に居る私以外の全員が驚いて、私を見つめた。


「売ってくれって、この衣装、どうするつもりなんだい?」


「もちろん、ユリウスにプレゼントします。だって、こんなに似合うんだもの」


 当然のように答えると、ユリウスは困ったように笑い、言った。


「オリエ、申し訳ないけれど、俺は貰ってもこの衣装を着るつもりはないよ」


「どうして? こんなに似合っているのに」


 似合っているし、ユリウスだって気に入っているはずだ。

 だけど、着るつもりはないとユリウスは言い切った。


「ちょっと、それさ、アタシの作った衣装が嫌いとか、気に入らないっていう意味?」


 少し不機嫌そうなリュシーさんに問われたユリウスは、そうじゃないと首を横に振る。


「それはない。あんたが作るものは、すごく気に入っているし、実際、この衣装は素晴らしいよ。ただ、この衣装は俺が着ると、とても目立つんだ。俺は、この世界でとても目立つ容姿をしている。だからこれ以上目立ちたくないんだよ。特に、この国ではね」


 この白い軍服は、ジュニアスがルリアルーク王の衣装として作るようにと命じたものだ。

 ジュニアスはルリアルーク王の色を一つしか持っていないというのに、全て揃っているユリウスが纏うと、目を付けられてしまうと言うのがユリウスの言い分だった。

 確かに、ジュニアスに見つかりたくないもんね。

 でも、私としてはユリウスにプレゼントしたいんだよなぁ。

 だってこんなに似合っているんだし、絶対に他の人に渡したくない。

 ユリウスの話を、聞いたリュシーさんは、確かにそうだね、と苦笑し、ちょっと待っててと言い置いて部屋を出て、銀色の何かを持ってすぐに戻ってきた。


「でもさ、こーいうのならいいんじゃない? これ被って仮面をつければ、アンタの本当の色はバレないんじゃないかな?」


「え?」


 リュシーさんは持っていた銀色の何かを、ちょっと乱暴な手つきでユリウスに被せた。


「これ、ウイッグ?」


「あぁ、そうだよ。ユリウスに会うまでは、トルソーにそれを被せてイメージを掴もうとしていたんだ」


 リュシーさんはユリウスに被せた銀色のウィッグを整えると、長い髪も似合うねぇ、と感心したようにユリウスを見つめる。

 私もリュシーさんの声に頷いた。

 ユリウスの希望で切っちゃったけど、元は長かったんだよね。

 やっぱり長い髪も似合うなぁ。

 まぁ、もう伸ばしてくれないとは思うけど。


「うわぁ、ちょっと前のユリウスくんみたいだね! ねぇ、オリエちゃんもそう思うでしょ!」


 長髪のユリウスに見惚れて、サーチートに気が回っていなかった私は、慌ててサーチートの口を押さえたんだけど……リュシーさんとローレンスさんの二人には、しっかりと届いていたらしい。


「へぇ、アンタ、髪が長かったんだー。長いのも似合ってるのに、なんで切ったのさ。もったいないなぁ」


 ニヤニヤと笑いながら、リュシーさんが言う。

 ユリウスはため息をつきながら、邪魔だから、と答えたけれど、そう答えてしまうと次にくる質問は、どうして伸ばしていたのか、と言う事だった。


「それは……ちょっと事情があったんだよ。俺が好きで伸ばしていたわけじゃない。というか、そんなのどうでもいい事だろ」


「そりゃ、確かにどうでもいい事ではあるんだけどさ、アンタの事だから気になってさ。ユリウス、アンタやっぱり、何か訳ありみたいだね」


「そ、そんな事はないが?」


 ユリウスは否定したけれど、やっぱり訳ありに見えてしまうよねぇ。

 そして、リュシーさんと同じく、ローレンスさんもそう思っているようだった。


「確かに私も、ユリウスさんには何やらいろいろな事情があるのではないかと思っていました。もしかすると、オブルリヒト王の隠し子なんじゃないか、とかね」


「え?」


 驚くユリウス。私ももちろん驚いたけど、サーチートの口を塞いでいた手だけは離さなかった。

 サーチートはモゴモゴと口を動かして、発言したくてたまらないようだったから、自分を褒め称えたい気分だ。


「ユリウスさんの顔立ちが、オブルリヒト王やユリアナ様……ジュニアス様の妹君に似てらっしゃるんですよ。ユリウスさんはまるで、ユリアナ様を男性化したような方に見えます。まぁ、そんな事はあり得ないでしょうけどね」


「そ、そうですよ。何を言っているんですか」


「そうですよねぇ、すみません」


 ドッドッドッドッと、自分の心臓の音が大きく聞こえる。

 ローレンスさん、この人、ものすごく鋭い!


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