第104話・おかえりなさいと、ただいま


 翌日、冒険者ギルドから売った素材のお金を受け取るジャンくんとモネちゃんを待って、私たちは商都ビジードから三十分くらい歩いた人気のない草原から、テレポートの呪文でシルヴィーク村まで戻って来た。


「おう、帰って来たな! ジャン、モネ! 待っていたぞ!」


 村に戻ると、ジャンくんとモネちゃんはさっそく二人のお父さんに捕まった。


「お前ら、ユリウス様に迷惑はかけていないだろうな!」


「おい、モネ! ちゃんと頼んだものは仕入れてきたんだろうな!」


「大丈夫だよ、迷惑なんてかけてねぇし」


「頼まれたものは、仕入れてきたよ。素材を売った代金もあるし。信用してよ」


 ジャンくんとモネちゃんは、二人して唇を尖らせた。

 そんなに自分たちの子供が信じられないのかな、とご立腹だ。


「ユリウス様、オリエさん、こいつら、本当に迷惑かけませんでした?」


 ジャンくんのお父さんであるドルスさんが、心配そうに私たちに聞いてきたけど、大丈夫、と私は答えておいた。

 二人はサーチートの面倒をすごく見てくれたし、スモル村で羽目を外して二日酔いになっていた事は、内緒にしておこうと思う。


「ドルス、マルコル、一週間くらいしたら、俺はもう一度ビジードに行く事になっている。その時、何か足りないものがあったら買って来るから、言ってくれ」


 ユリウスも、ジャンくんとモネちゃんの二日酔い事件の事は、黙っておく事にしたようだった。

 ちなみに、サーチートの口は、ユリウスによって塞がれていた。

 理由は、サーチートが口を開くと余計な事を言いそうだからだ。

 うっかり、一緒にご馳走を食べてお酒も飲んだね、なんて口走ったが最後、いろんな事が芋づる式にバレていくに決まっている。

 ドルスさんとマルコルさんは、ユリウスがサーチートの口を塞いでいる事からだろう、まだ若干疑っているようだったけれど、私やユリウスからクレームがなかったから、とりあえずは安心したようだった。






「あぁ、戻ったのですね、おかえりなさい」


「アルバトス先生、ただいまー! お土産、買ってきたよーう!」


 家に戻ると、サーチートは出迎えてくれたアルバトスさんに飛びついた。

 アルバトスさんは腕に抱いたサーチートの体を優しく撫でながら、ユリウスと私を見て苦笑した。


「もう少しゆっくりしてくると思っていましたよ。村の外は、そんなに落ち着かなかったのですか?」


「どうして、ですか?」


「バンダナを、取って戻って来たので、自分の姿を隠すのを止めたのかと。それなら、外の世界は、居心地があまり良くなかったのではないかと思いましてね」


 アルバトスさんの言葉に、ユリウスは苦笑した。

 それが全てではないだろうけど、少なからず言い当てられているのだろう。

 それにしても、アルバトスさんにはいつも驚かされる。

 どうしてバンダナをしていないというだけで、いろんな事がわかるのだろう?

 もしかして、何かの魔法で私たちの行動をずっと見張っていたとか?


「まぁ、確かに村の外は、落ち着きませんでしたね。俺の姿は、目立ちますから、ね」


「そうですか。でも、あなたは自分の姿を隠す事を止めた……それはとても良い事だと思いますよ。私は嬉しいです。短い間でしたが、いろんな経験をして戻って来たようですね」


 アルバトスさんはそう言うと、言葉通り嬉しそうに笑う。


「ねぇねぇ、アルバトス先生、ぼくね、ちゃんとお土産を買ってきたんだよ! それからね、いろんな事があったんだよ! 先生にいっぱいお話したいな!」


 小さな手でアルバトスさんの胸をぺちぺちと叩き、サーチートが言った。


「そうですか、それは楽しみですね。じゃあ、お茶でも飲みながら、サーチートくんのお話を聞く事にしましょうか」


 サーチートの言葉に頷いたアルバトスさんは、私たちはどうするかと聞いてくれたんだけど、私とユリウスは部屋で休むと返事をし、サーチートをアルバトスさんに預けて、二人で使っている部屋へと向かった。


「なんか、いろいろあって疲れたなぁ」


 部屋に入るなりそう呟いたユリウスに、おかえり、と言うと、彼は嬉しそうに笑う。


「ただいま。オリエが居る場所が俺の戻るべき場所って感じで、おかえりって言われると、ホッとする」


「そっかぁ」


 私も、ユリウスの帰る場所に慣れて嬉しい。

 でも、ただユリウスの帰りを待っているだけじゃ嫌だなとも思う。

 どこにでも一緒に行きたい、離れてくないって思うのだ。

 だって、離れている間にユリウスに何か良くない事が起こったらと思うと、心配だからだ。

 そんなふうに考えて、私は似たような事を彼自身も言っていたなぁと思う。


『行かないで、そばに居て……ずっと……』


 もちろん、そばに居るよ。だからあなたも、そばに居て。


『俺は、君が、居てくれさえすれば、他に、何もいらない……』


 私も、あなたが居れば、他に何もいらない。

 互いに互いが心配でたまらないのなら、やっぱりずっと一緒に居るしかないよね。


「私の帰るべき場所もユリウスのところだから、ずっと互いに、おかえりとただいまを言い合おうね。でも、できるだけ一緒に居たいって思う……だって、離れたくないから」


 私がそう言うと、ユリウスは一瞬驚いたようだったけれど、その後はものすごく嬉しそうな表情をして、頷いた。



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