第109話・リュシーさんの事情


 ゴブリン討伐の依頼を受けた私たちは、すぐに依頼に取りかかろうとしたんだけど、そこにストップをかけたのは、冒険者ギルドの副ギルドマスターでもあるジルさんだった。


「あの、依頼をやる気になってくれたのはありがたいのですが、先にリュシーのところに行ってあげてください」


 ジルさんは、何故かものすごく申し訳なさそうに言った。

 スタイリッシュ・アーマーには、ユリウスのジャケットの直しやズボンの加工も頼んでいるから、元々行くつもりではあったんだけど、ジルさんにお願いされた事もあるし、私たちを探していたっていう事だから、私たちはスタイリッシュ・アーマーへと向かう事にした。


「こんにちは。お願いしていたものを、受け取りに来ました」


 お店に着くと、店番をしていたソフィーさんが驚いたように立ち上がり、バタバタと慌ただしくリュシーさんを呼びに行ってくれた。


「なんか、すごく慌てているねぇ。何かあったのかなぁ」


 サーチートも少し心配そうだ。

 もしかすると、何か困り事があって私たちを探していたのかもしれない。


「ちょっと、アンタたち、どこに行ってたのよ! アタシがどれだけアンタたちを探したと思ってるの!」


 リュシーさんは私たちを見るなり、そう叫んだ。

 やっぱり何かあったのだろうかと思いつつ、私はチラリとユリウスを見上げ、抱っこしているサーチートの小さな口を塞いだ。

 どこに行ってたって聞かれるの、本日三回目、だよ。

 私が話すとボロが出ちゃうだろうし、サーチートは余計な事を言っちゃうだろうし、対応はまたユリウスにお任せしよう。


「何かあったのか?」


「何かって、あったに決まってるだろ! トルソー替わりに、アンタに衣装を着てもらおうって思ってたんだよ!」


 そう叫んだリュシーさんに、私もユリウスも、口をぽかんと開けてしまった。

 リュシーさん、今なんて言った?

 ユリウスに衣装を着てもらおうと思ってた?

 もしかして、それだけの事で、リュシーさんは冒険者ギルドにまで出向いて、私たちを――いや、ユリウスを探していたっていうの?


「ちょっと待て! なんで俺が、あんたの衣装作りに協力しなきゃならないんだ! 俺はこの店にとっては、ただの客だろ?」


「は? そんなの、アンタの姿がアタシの創作意欲を掻き立てるからに決まってるだろ! アタシは、最高の物が作りたいんだよ! それには、アンタの姿が、アンタのボディが必要なんだよ!」


「本当にちょっと待ってくれ。あんた、それ、おかしいぞ。それに、あんたが手伝わせようとしているのって、ジュニアスのものだろう……」


 はぁ、とユリウスは深いため息をついた。

 ジュニアスのための衣装の手伝いを、どうして自分がしなければならないのか、とブツブツとぼやいている。

 確かにユリウスのその気持ちはわからないでもないけれど……でも、私はあの衣装が今どんなふうになっているのかが、とても気になっていた。


「リュシーさん、あの衣装、順調にできているんですか?」


 と声をかけると、リュシーさんはまぁねと頷いた。


「順調だとは思うんだけど、もう少し客観的に見てみたいんだよね。だから、ユリウスに着てみてほしいんだ」


「あのなぁ、あの衣装を俺が着ても、仕方がないと思うんだが……」


 ユリウスは嫌がっているけど、私はあの衣装を着たユリウスを、また見てみたいと思った。

 だって前回、布を体に当てただけで、あんなにカッコ良かったんだよ。

 順調に仕上がりつつある衣装を着たら、もっとカッコ良いに決まっているし、推し(好きな人)が素敵な衣装を纏っているのは、尊いのだ。


「ユリウス、駄目?」


 上目遣いで見つめると、ユリウスはまた深い息をついたけれど、仕方ないなと頷いてくれた。

 この人、ものすごく私に甘い。

 でも、これっきりだと念を押された。


「あぁ、構わないさ。サンキューね。でも、タイミングが良かったよ。今日はこれから、依頼主が来るからね。最高の報告ができる」


「え? 依頼主? あんたもしかして、俺に衣装を着せてその人に見せようとしているのか?」


「うふふ、そうだよー。当たりー」


 ニンマリと笑って、リュシーさんはユリウスを見つめた。

 リュシーさんへルリアルーク王の衣装作りを依頼した人って、確か商人ギルドのギルドマスターだっけ。

 そうか、その人が今日、あの衣装を見に来るんだ。


「やっぱり断る! 面倒事は嫌だ。衣装を見せるくらい、トルソーでいいだろう!」


 部屋を出て行こうとするユリウスの腕を、リュシーさんががしりと掴む。


「まぁまぁ、衣装を着るくらい、いいじゃないか。ほら、アンタの可愛い奥さんだって気になっているみたいだしさ。それに、一度OKしたものを覆すなんて、愛しの奥さんの前でカッコ悪いとか思わないかい?」


「うっ……」


 リュシーさんの言葉にユリウスが言い返さなかったところを見ると、諦めがついたのだろう。


「わかったよ」


「サンキュー!」


 すっごい笑顔のリュシーさんに引っ張られ、ユリウスはリュシーさんのアトリエへと引っ張っていかれた。


「オリエちゃん、ルリアルーク王の衣装、楽しみだねぇ」


 サーチートが小さな拳を握りしめて、目をキラキラさせながら言った。

 私も多分、ユリウスには申し訳ないんだけど、今のサーチートと同じように、目をキラキラとさせているだろう。

 リュシーさんが作った衣装、楽しみだなぁ。

 サーチートに頼んで、写真撮っておかないとね。



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