第179話・エミリオの話
エミリオがジュニアスに黒魔結晶をばら撒くように命令されたのは、二ヶ月くらい前のことだったらしい。
多分、私たちがジュニアスから逃げてシルヴィーク村の結界内に閉じこもってから、少ししたくらいかな。
ある日ジュニアスに呼び出されたエミリオは、黒魔結晶を目の前に並べられ、これを動物や魔物に突き刺すように言われたのだそうだ。
黒魔結晶を一目見て、エミリオは良くない物だと感じたらしい。
「黒魔結晶は、十本ありました。ノートンが、あるダンジョンの奥で見つけたもので、それを十本に分けたのだと言っていました」
この魔結晶は、生物を狂暴化させる力がある、とノートンは説明をした。
試しにノートンが小さな鼠に黒魔結晶の欠片を与えたところ、狂暴化し牙をむき出しにしてエミリオに襲い掛かり、彼の腕を食いちぎったのだという。
食いちぎられて痛む腕を押さえながら、エミリオがこんなものをばら撒けば大災害が起こると訴えると、ジュニアスは楽しそうに笑い、良いではないかと言い放ったのだ。
「こんなものをばら撒けば、大災害が起こります。僕はそれをジュニアス兄上に訴えました。だけどジュニアス兄上は笑いながら、それでいいのだと言い放ちました。あの人は、災害が起これば今世のルリアルーク王として自分が助けるのだからと……」
は? それってどういうこと?
みんなそう思ったはずだ。
この場に居る全員が、口元を引きつらせてエミリオを睨みつけた。
「助けるとしても、危険な目に遭わせることには変わりありません。僕はそんなことはできないと言ったのですが……母様を……母を人質にされてしまっては、従うしかありませんでした。そして、もしも誰かに捕まって黒幕のことを聞かれたときには、アルバトス様の名前を出すように、術式をかけられた蛭を飲み込まされて、支配されました」
本当はあんなことをしたくなかった、とエミリオは言った。
確かにそうなのだろう。今の彼はただの優しい青年だ。
母親であるソフィーさんを人質にとられて、仕方がなかったんだろうとは思う。
だけど、実際にエミリオがばら撒いた黒魔結晶のせいで、重傷を負った人もいるのだ。
「そんなことを言っても、俺たちは同情なんてしないからな。確かにしたくなかったのかもしれない……だけど、お前がばら撒いた黒魔結晶のせいで、俺たちの仲間は重傷を負って、寝たきり状態になっているんだ!」
エミリオを睨みつけてそう言ったのは、光の翼のリーダー、ゲルダさんだった。
「コニーもアイリーンも、黒魔結晶が突き刺さったウルフにやられた……黒魔結晶の影響か、何とか命は助かったが、全く回復の兆しがない……このままじゃ……死んでしまうかもしれない……」
魔法使いのロナンさんが、アイリーンはゲルダさんの恋人なのだと呟いた。
剣士のイージスさんも、光の翼のメンバーは、絶対にエミリオを許さないと続ける。
「申し訳ありません! 息子の罪は、私が償います! 私が黒魔結晶の被害者の方たちのお世話をします!」
膝をつき、床に額を擦り付けるようにしてそう言って謝ったのは、ソフィーさんだ。
「何でもします……私にできることなら、何でもします……だから息子を、許してやってください……」
「馬鹿野郎、許せるわけっ……」
許せるわけない、と言いかけたイージスさんは、口を噤んだ。
息子のために必死に頭を下げるソフィーさんを哀れに思ったのかもしれない。
光の翼のメンバー三人は、無理矢理怒りを押さえつけるように、拳を握りしめて震えていた。
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