第159話・やきもち


 翌日、リュシーさんと共に商都ビジードに移動した私たちは、冒険者ギルドへと向かった。

 すると冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間、ユリウスに向かって誰かが走り寄ってきて、


「あーん! 彼、見ぃつけた! 会いたかったー!」 


 私の目の前で、ユリウスがすごく可愛い女の子に抱きつかれていた。

 え? 一体何が起こっているの? この女の子、一体誰なの! なんかめちゃくちゃスタイルが良くて、可愛いんだけど!


「ちょっとぉユリウス! アンタ何やってんの! もしかして浮気? 誰よ! その女!」


 一緒に冒険者ギルドに来たリュシーさんが、からかうように言った。

 今日はリュシーさんの肩に乗っかっていたサーチートが、なんだって、と怒ったように叫ぶ。


「え? 誰って……あっ……」


 ユリウスは思い当たることがあったらしい。

 ユリウスに限ってそんなことがあるはずないとは思うけれど、浮気、という単語が頭をよぎる。

 女の子は短いピンクの髪に、明るい緑の目をしていて、とても可愛らしい。きっと自分の魅力を理解して、ユリウスに迫っているんだろうな。


「ちょっとオリエ、誤解しないでくれよ! ほら、この間、ネーデの森でガエールの冒険者たちを助けたって言っただろ! その時の子だよ!」


「そう、あなたは私の命の恩人……私の運命の人……」


 女の子がユリウスを見つめ、うっとりと呟いた。


「ねぇ、私と付き合って! 私、あなたのことが好きになっちゃったの!」


「え?」


「ちょっと! やめてよっ!」


 私は女の子をユリウスから引き剥がすと、ユリウスを背中にして女の子を見た。


「ちょっと、邪魔しないでよ! ていうか、アンタ誰!」


「あなたこそ誰ですか! 私の夫から離れてください! 私は彼の妻です!」


「え? 彼、結婚してたの? 嘘ぉ!」


 ものすごく驚く女の子に、ユリウスが本当だと答える。


「そうなんだ、俺は彼女の、夫、なんだ」


 振り返って見上げると、ユリウスは目尻を下げて、ものすごく嬉しそうに笑っていた。


「やだ、諦めきれない! ねぇ、この人と別れて、私と付き合いませんか?」


「ちょっと! 何言ってんの!」


「私、可愛いしスタイルもいいし、胸も、彼女よりも大きいし!」


 確かに、彼女の言う通り彼女は可愛いしスタイルもいいし、私より胸も大きいけれど、絶対にユリウスを渡すわけにはいかない!

 挑発してくる女の子を睨みつけ、後ろのユリウスに視線を向けると、彼はまたものすごーく嬉しそうに笑っていた。


「オリエに嫉妬してもらえるなんて、俺、幸せだなぁ。大丈夫だよ、オリエ。俺は君の……君だけのものだから……」


 ユリウスはそう言うと、長い腕を私に絡めて、抱きしめる。


「あはははは、サラ、振られちまったようだね! 妻が居るなら仕方ないよ! 諦めな!」


 楽しそうな笑い声が聞こえない、ユリウスに言い寄っていた女の子――サラって名前らしい――は、唇を少し尖らせたけれど、頷いた。


「っ……」


「ユリウス?」


 ユリウスは楽しそうな笑い声の主へとチラリと視線を向けると、私の肩を抱き、耳元で、「行こう」と言った。


「ユリウス?」


 どうしたのかな? 今のユリウスはものすごく焦っているような感じだ。


「頼む、オリエ。今は早く、ここから立ち去りたいんだ」


「う、うん、わかった!」


 理由なんてどうでもいい。ユリウスが早くここから立ち去りたいというのなら、そうしてあげようと思った。


「サーチート、こっちにおいで」


 リュシーさんの肩に乗っかっていたサーチートに声をかけると、頷いたサーチートは私の胸にダイブする。

 それから足早に、入ってきたばかりのドアに向かう。

 抱っこしたサーチートが不思議そうに首を傾げ、一緒に冒険者ギルドに来たリュシーさんが私たちに声をかけるけれど、それも無視してドアへと向かう。

 だけど――。


「ちょっと待ちなよ、そこの兄さん! 私はアンタに礼を言いに来たんだ! うちの――ガエールの冒険者を助けてくれたんだろ?」


 と声をかけてきた人がいた。

 さっきの女の子――確かサラって人に、ユリウスを諦めろって言った人だ。

 だけどユリウスは、その声を無視してドアへと向かう。


「ちょっと! お待ちよ!」


 どうしてユリウスは呼び止める声を無視するんだろう?

 そしてこの声の主は、どんな女性なんだろう?

 好奇心に負けてしまった私は、ユリウスに手を引かれたまま、振り返ってしまい――すぐに後悔した。


「ねぇ、ちょっと待ちなよ!」


 驚いて、私は足を止めた。

 声をかけてきた情勢は、瞳の色こそ金色ではなかったけれど、銀色の髪、褐色の肌をしていて、とてもユリアナによく似ていたのだ。

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