第160話・ユリウスの血縁者
私が足を止めてしまったことにより、ユリウスも足を止めた。
私を置いて出ていくという選択肢もあったはずなのに、そうしなかった彼は優しいと思う。
はぁ、と深いため息をついたユリウスに、私はごめんと謝った。
ユリウスは多分、この女性に会いたくなかったんだ。
「サラたちから話を聞いていたけれど、すっごいイイ男なんだろ? ユリウスって言ったかい? どれ、私に顔を見せてくれないかい?」
この女性、話し方がとても気さくな感じだけど、私の考えに間違いがなければ、高位貴族であるはず。
私はこの女性が気になって振り返ってしまったけれど、ユリウスはまだ女性に背中を向けたまま。
「おい、ユリウス! どうした!」
ユリウスが冒険者ギルドに来たことを聞いたのだろう、奥の部屋から出てきたゴムレスさんが、声をかけてきた。
「お前に会いに、ガエールから客人が来られているんだ。それに、先日頼んだ件の報告もあるだろう!」
確かにそうなんだよね。私たちは今日、ゴムレスさんに、ネーデの森以外の森にゴブリンが居たかどうかの報告をするためにここに来たんだから。
ゴムレスさんが出てきたことで、ユリウスはとうとう観念したようだった。
また深い息をついて、仕方ないか、と呟く。
「エリザベス様、この男がユリウスです。ユリウス、この方はガエールの商人ギルドのギルドマスターのレイリー・ディアス氏の奥方で、エリザベス・ディアス様だ。エリザベス様は、現オブルリヒト王の姉君でもある」
ゴムレスさんの説明を聞きながら、私は抱っこしているサーチートの口元を押さえ、自分自身も叫び出しそうになるのを必死に堪えていた。
顔が似ていると思ったけれど、やっぱりこの女性は、ユリウスの血縁者……伯母さんだ。
「初めまして、エリザベス様。ユリウスです」
笑顔でエリザベス様に名乗ったユリウスを見て、エリザベス様は目を見開いた。
「お前、一体、何者だい?」
ユリウスを見つめたままそう言ったエリザベス様の声は、震えていた。
「おや? どうかされましたか? あぁ、俺、珍しい色をしているので、そのせいでしょうかね?」
ユリウスは淡々とした口調で言った。どうやらこのまますっとぼけるつもりらしい。
「違う! その、お前のその顔がっ……」
「もしかして、俺に似ている人をご存知なのですか? へぇ、世の中には似た顔の人間が何人か居るって言いますもんね」
「そんなレベルじゃないよ……」
ふう、とエリザベス様は自分を落ち着けるように深いため息をついた。
「ユリウスと言ったね。ネーデの森でガエールの冒険者たちを助けてくれてありがとう。あの子たちのことは、子供の頃から知っていてね。私が育てたようなものなんだよ。今日はアンタ礼を言いたくて、ビジードまで来たわけさ。本当に感謝しているよ」
エリザベス様はそう言うと、優しく金色の目を細めて笑った。
「気になさらないでください。間に合って良かったです」
「いや、さっきも言ったけれど、アンタが助けてくれたあの子たちは私の子供のようなものなんだ。だから、あの子たちの命を救ってもらった礼がしたい。何か欲しいものはあるかい?」
エリザベス様の言葉に、ユリウスは首を横に振った。
「いや、礼なんて不要です。本当に気にしないでください」
「では、せめて食事をご馳走させてくれないかい?」
エリザベス様がご馳走と言った瞬間、抱っこしているサーチートがビクッとした。
あはは、サーチートは食いしん坊だもんね。ご馳走が気になっちゃったんだね。
でも残念、ユリウスはきっと、これも断っちゃうはずだからね。ご馳走は今度、かな。
「エリザベス様、申し訳ないのですが、実は所用を思い出しまして、ギルドマスターに報告した後は、すぐに行かねばなりません。だから……そのお気持ちだけ頂いておきます。ありがとうございました」
思った通りユリウスがエリザベス様の申し出を辞退すると、サーチートはガッカリしたんだろう、小さくため息をついた。
ごめんね、と言って優しく体を撫でてあげると、サーチートは帰ったら私が作ったご飯が食べたいって言った。もちろんオッケーだよと答えてあげる。
「では、エリザベス様、これで失礼します」
ユリウスはそう言うと、ゴムレスさんへと視線を移した。
ゴムレスさんは頷くと、エリザベス様に一礼して、私たちとリュシーさんを別室へと案内してくれた。
「結論から言うと、ネーデ以外の森には、普通のゴブリンしか居なかった。ああと、できる限り狩っておいたから、しばらくは見かけないはずだ」
「そうか。では俺たちは、ネーデの森だけに集中していいということだな」
「あぁ、そういうことだ」
「ユリウス、リュシー、助かったぜ。今、ガエールの冒険者ギルドと、ネーデの森について話し合っている。詳しいことが決まったら、また手を貸して欲しい」
「あぁ、その時は手伝おう」
ゴムレスさんに報告をし終えた私たちは、そのまま冒険者ギルドを出ることにした。
冒険者ギルドを出るとき、エリザベス様たちが手を振ってくれたけれど、私たちは軽く会釈だけして、足早に立ち去った。
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