第161話・エリザベス・ディアス
冒険者ギルドを出た後、リュシーさんは無言でビジードの門の外まで送ってくれた。
「いろいろと聞きたいことが増えたけれど、今はあえて聞かない。じゃあね、また店の方で待ってるよ」
「あぁ、またな」
その言葉通りいろいろと気になっているはずなのに、リュシーさんは私たちを気遣ってくれた。
リュシーさんって、しっかりした大人の男性だよね。
リュシーさんと別れて、私たちはしばらく歩いた後に、テレポートの呪文で家まで戻ってきた。
「あぁ、お帰りなさい」
出迎えてくれたアルバトスさんは、ユリウスの暗い表情を見て、くいと首を傾げた。
「何かあったのですか?」
と聞いたアルバトスさんに、ユリウスは苦笑して、
「予想していなかった人に会いました」
と言った。
それから先は、私がお茶の用意をしに行っている間に、ユリウスの代わりにサーチートが説明をしてくれたらしい。
まぁ、サーチートはただ一言、冒険者ギルドでエリザベスという女性に会ったということだけを言ったみたいなんだけどね。
「予想していなかったとは、ユリウス、あなたの読みが甘かっただけですよ」
お茶を用意して私が戻ると、テーブルに突っ伏しているユリウスにアルバトスさんが笑いながら言った。
「ガエールの冒険者を助けた時点で、エリザベス様と会うことになる可能性くらい、考えておくべきですよ。あの方が孤児を育て慕われていることくらい、知っていたでしょう?」
「えぇ、確かにそうですね。伯父上の言う通りです。俺の読みが甘かっただけですね」
ユリウスはそう言うと、私へと目を向けた。
「オリエ、伯母上の話をするよ。気になっているんだろう?」
「うん、もちろん聞きたい」
淹れてきたお茶をみんなに配って、私はユリウスの隣の席に腰を下ろした。
「ゴムレスさんが言っていたけど、伯母上は、オブルリヒト王家からガエールの商業ギルドのレイリー・ディアスに嫁がれたんだ。財政難のオブルリヒト王家のために、ね」
オブルリヒト王家が財政難だったっていうのは、以前にも聞いたことがある。
確かそのせいで、ユリウスのお父さんである現オブルリヒト王は、先王に側室を娶らさせたと言っていた。
「伯母上はね、落ちぶれたオブルリヒトのために、ガエールの商人に売られたんだよ。そして、好きな女と結ばれたいという愚かな弟のために、伯母上はその運命を受け入れたんだ。まぁ、それでもオブルリヒトの財政は回復しなかったから、現王は側室を娶ったわけなんだけど」
これだけ聞くと、エリザベス様ってすごく不幸な女性のように感じる。
だけど、今日会った彼女は、とても明るくて気さくな方で、全くそんなふうに感じなかった。
「売られた、とユリウスは言いましたが、レイリーさんとエリザベス様の夫婦仲はとても良いのですよ。最初は政略結婚でしたが、お二人はとても愛し合ってらっしゃいますし、幸せな結婚生活を送ってらっしゃいます。ただ、お二人には子供ができませんでした」
「そう……だから伯母上は、孤児を育て、ガエールの母と呼ばれる存在になられたんだ」
「ユリウスが生まれた時は、大変でした。母親を失ったこの子を、エリザベス様が引き取って育てるとおっしゃったんです。ですがこの子は秘密を抱えた身……エリザベス様にお渡しするわけにはいけませんでしたし、必死に私が引き取りました……」
しみじみと言ったアルバトスさんが、ふう、と深い息をつく。
確かに、自分の子供が居ないというエリザベス様が、実の弟の子供である、母親を失った赤ん坊を引き取りたいと思のは、当然だろう。
だからアルバトスさんは、この赤ん坊は大切な双子の妹忘形見だからと、泣きながら頼み込んだのだと言う。
でも、本当によくアルバトスさんがユリウスを引き取れたものだと思う。
だってアルバトスさん、料理が全く駄目なのにね!
「この子を引き取れなくても、エリザエス様はこの子を大切に、実の子のように愛情を注いでくれました。もちろん、他の子供たちにも。あの方はね、本当に子供が大好きなのですよ」
エリザベス様って、素敵な方だなって思った。
ユリウスも彼女が大好きなんだろう、とても優しい表情している。
「だけど……」
ユリウスの表情から笑みが消えた。
「だけど、今の俺の事は、絶対に伯母上に知られるわけにはいかない。ユリアナが男だったと知れば、伯母上は間違いなく俺を担ぎ上げるだろう。あの人は今のオブルリヒト王家に反感を持っているから」
エリザベス様はぶっちゃけ今のオブルリヒト王家と仲が悪いらしい。
そして、市井に降りながらも現王の姉としていろいろと口出しをしようとするエリザベス様のことを、オブルリヒト王家も煙たがっているのだという。
「でもエリザベス様、さぞかしユリウスの顔を見て、驚かれたでしょうね。弟であるオブルリヒト王とそっくりの人間が目の前に現れたわけですから」
そう言えばエリザベス様、ユリウスの顔が、って言ってたもんね。
「俺って、そんなにあの人に似てるんですか?」
「えぇ。王の若い頃に良く似ていますよ。ユリアナのときも良く似ていましたけど、男性に戻ったから、余計に似ていますね。だから、本当に驚かれたと思います」
深く頷いたアルバトスさん。そうかぁ、とユリウスは深い息をついた。
「今の俺に会ったことを、忘れてくれたらいいんですけどね。もしくは、他人の空で流してもらえないでしょうか」
「どうでしょう……。でも、恐らく忘れられないとは思いますよ。ただ……あなたがユリアナだとは気づいていないとは思います」
いくら似ていても、性別が変わるなんて有り得ないでことですから、と言ったアルバトスさんは、そのあり得ないことを現実にしてしまった人である。
「オブルリヒト王が市井の女性に手を出して出来た隠し子説くらいは考えられるでしょうね」
「城に突撃して、あの人を問い詰めたりしなければいいんだけど……」
エリザベス様を避けるため、私たちはしばらくの間、シルヴィーク村に引き篭もることにした。
エリザベス様の家はビジードではなく、ガエールにある。
だから、二、三日すればガエールの家に戻られるだろうと、このときの私たちは思った。
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