第85話・罠



「ユリウス? どうしたの? ユリウス!」


 突然倒れたユリウスに駆け寄って抱き起すと、彼の体はとても熱くなっていて、苦しそうな呼吸を繰り返していた。

 先程まで普通に話していたのにと思ったけど、もしかするとだいぶ前から体調が悪かったのかもしれない。

 熱い体に触れながら、この熱の原因を探っていると、巨大熊の一撃を受けた、左肩に辿り着く。

 血だらけのシャツを開けさせると、左肩はどす黒く変色をしていた。


「ユリウス! しっかりして!」


 必死で声をかけるけど、意識を失った彼は苦しそうな呼吸を繰り返すだけで、彼は返事をしてくれなかった。

 私の声が部屋の外まで聞こえたのだろう、軽いノック音の後ドアが開けられ、ジャンくんとモネちゃんが中を覗き込んできた。


「オリエさん、何か、ありました?」


「ジャンくん、ユリウスが!」


「え? ユリウス様?」


 部屋に駆け込んできたジャンくんとモネちゃんに手伝ってもらって、私はユリウスをベッドに寝かせた。

 騒ぎに気付いたのか、宿の旦那さんや女将さん、やテッドくん、コリーちゃんも駆けつけてくる。


「オリエちゃん、ユリウスくん、どうしたの?」


 コリーちゃんと遊んでいたらしいサーチートは、彼女の腕から飛び降りると、私の方へと駆けてきた。

 私はサーチートを抱き上げると、小さな体をユリウスが横になっているベッドへと乗せ、ドアの方へと目を向ける。

 騒ぎはどんどん大きくなっているようで、部屋には大勢の人が押しかけてきていた。

 サーチートやジャンくんたちにユリウスの事を説明したいけれど、他の人たちに今の彼の事を見せたくない。


「私たちが居たら邪魔そうだね。部屋の外に居るから、何かできる事があったら、何でも言っておくれ」


 宿の女将さんはそう言うと、心配してくれているのだろう、ぽろぽろと泣いてしまっているテッドくんとコリーちゃんを連れて、部屋を出て行ってくれた。






「ユリウスね、さっきまで普通に話していたんだけど、突然倒れちゃって……でも……多分、これが原因のような気がする……」


 私はサーチートやジャンくんの前で、ユリウスがまだ羽織ったままの、血だらけのシャツを開けさせた。

 巨大熊の攻撃を受けた時の傷は治したけれど、左肩がどす黒く変色をしている。


「これ、毒かな……すごく熱いね」


 サーチートがどす黒くなったユリウスの左肩に小さな手を当てて、言った。

 私も、多分そうだと思う。

 だけど、あの傷に毒が入り込んでいたなんて、治した時に全く気付かなかった。

 苦しそうなユリウスを見て、どうして気付く事ができなかったのだろうと、私は自分を責めた。

 あの時、ヒールと一緒にリカバーをかけてさえいれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。


「オリエちゃん、この毒は、遅効性の毒だったのかもしれない。時間差で効いてくるタイプの毒で、もしかすると、オリエちゃんが異常回復呪文のリカバーをヒールと一緒にかけていたとしても、反応しなかったのかもしれない……」


 そういう罠みたいな事をする奴も居るんだって、と珍しく冷静にサーチートが言った。

 アルバトスさんに、いろんな事を教えてもらったのだと言う。


「サーチート、アルバトスさんにテレパシーで話しかけてくれないかな? ユリウスの事、相談したいの」


「うん、わかった! 任せて!」


 サーチートは頷くと、目を瞑り、テレパシー、と呪文を唱える。

 それから、アルバトス先生、アルバトス先生、と何度か呼びかけると、ぱちりと目を開けて私を見つめた。


「オリエちゃん、お話できるよ!」


「え?」


 サーチートはころんとひっくり返ると、白いお腹を私に見せてくれた。

 サーチートの白いお腹からスマホが現れ、画面には驚いた表情のアルバトスさんが映っている。


『え? オリエさん?』


「あ、はいっ……」


 話している相手の姿が見える……まるで、テレビ電話だ。

 だけど、私はサーチートのお腹のスマホでアルバトスさんの姿を見る事ができるけど、アルバトスさんはどうして私だってわかったんだろう?

 それにテレパシーの呪文って、直接頭の中に声が響いてくる感じのものじゃなかったっけ?


「オリエちゃん、アルバトス先生は、魔法の鏡でオリエちゃんの事を見ているんだ。ぼくとアルバトス先生のテレパシーは、進化したんだよ」


「そ、そうなの?」


 うん、とサーチートが頷き、画面の向こうでアルバトスさんも頷いた。

 スマホと魔法の鏡を使ってのテレビ電話もどき……アルバトスさんって、結構何でもありの人だよね。


『そろそろサーチートくんから連絡が入るかと思っていましたが、まさかオリエさんとお話できるとは思っていませんでした。よくあの独占欲の強い男が、許しましたね。いや、違うか……あの子に何か、ありましたか?』


 最初は笑っていたアルバトスさんは、すぐに異常に気付いたらしく、表情を引き締めた。


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