第86話・大丈夫、そばに居るよ


『なるほどね、そんな事があったんですか……。それは確かに、サーチートくんが言う通り、今のユリウスの状態は、何者かが仕掛けた罠にはまってしまった結果なのだと思いますよ』


 シルヴィーク村を出てからユリウスが倒れた今現在までの事を、私はアルバトスさんに説明した。


「あの、アルバトスさん、私、どうしたらいいですか? ユリウスを連れて、一度そっちに戻った方がいいですか?」


 この毒が罠だというのなら、単純に毒を消すために異常回復呪文のリカバーをかけていいのかがわからなかった。

 だから、直接ユリウスの容態を、アルバトスさんに見てもらった方がいいのではと思ったんだけど、アルバトスさんは首を横に振った。


『いいえ、それには及びませんよ。聖女であるあなたがリカバーをかければ、毒は消えるはずです。オリエさん、かけてみてください』


「はい、わかりました!」


 私はユリウスの傍に行くと、どす黒く変色した左肩にそっと手をかざし、異常回復呪文のリカバーを唱える。

 すると、どす黒く変色していた左肩は、少しずつ元の褐色へと戻っていった。

 だけどユリウスは目を覚まさず、まだ苦しそうで、熱も下がっていないようだった。


「ユリウス! ユリウス、起きて! アルバトスさんっ!」


 リカバーをかければすぐに回復し、目を覚ましてくれると思っていた私は、ショックを受けた。

 そんな私にアルバトスさんの冷静な声が届く。


『落ち着いてください、オリエさん。ユリウスが目を覚まさないのは、想定内の事です。まずは毒を取り除いた事で、命の危険はなくなったと思ってい大丈夫ですよ』


「想定内?」


 聞き返すと、スマホ画面に映し出されたアルバトスさんは、はい、と頷いた。


『次は、巨大熊に突き刺さっていたという、黒い魔結晶が気になりますね。もしかするとその黒い魔結晶は、魔族が作ったものかもしれません。だとすると、毒のようにまだ何かの罠が仕掛けられている可能性も、ある……』


「罠?」


『えぇ、罠です。例えば……そうですね、呪い、とか……』


「の、呪い?」


 毒は取り除いたけれど、どんどん物騒になっていく。

 呪いと聞いてパニックしかけた私に、オリエさん、とアルバトスさんの冷静な声が届く。


「オリエさん、落ち着きなさい。まず発熱ですが、それは一晩眠ったら治まる可能性が高いです。そして、目覚めない原因が発熱なら、明日の朝にはユリウスは目を覚ますと思います。あの子は体力のある子ですから」


 確かにそうかもしれない。

 毒を消したとしても、あの巨大熊と戦った時の疲れのせいで熱が出てしまった可能性もあるだろう。

 発熱が原因なら、体力のあるユリウスなら、一晩眠ったら目を覚ますかもしれない。


「そして、もしも何かしらの呪いがあったとしても……私は、あなたがそばに居れば、ユリウスは大丈夫なのではないかと思います。オリエさん、もっと自信を持ってください。あなたは聖女であり、何よりもユリウスが選んだ伴侶なのですから……」


 アルバトスさんはそう言うと、そばに居て看病してあげてくださいね、と続け、サーチートとのテレパシーを終えた。

 ユリウスの事を、もっと心配してくれてもいいのにと思ったけど、考えようによっては、大した事はないのかもしれない。

 どちらにせよ、しばらく様子を見るしかないって事なのかな。


「オリエちゃん、どうするの?」


 スマホの画面をお腹にしまったサーチートが、心配そうに私を見上げる。

 どうするって聞かれてもねぇ、アルバトスさんに言われた通り、今晩様子を見て、体調が戻らないようだったら、またアルバトスさんに連絡しようかと……。

 私がそれを伝えると、サーチートもジャンくんもモネちゃんも、頷いてくれた。




 熱が高いユリウスの看病のために、私は女将さんから洗面器を貸してもらった。

 その時に、村長さんが今日は宴会をするって言ってくれていたけれど、ユリウスがこんな感じなのでと丁重にお断りする。

 それから、もう少し泊まらせてほしいとお願いすると、女将さんは気にしないでいいと言ってくれた。


「ユリウス、大丈夫?」


 額に手を当てると、まだ熱が高い。

 私の真似をして同じようにユリウスの額に手を当てたサーチートが、四十度だよ、と言う。


「サーチート、熱も測れるの?」


「うん、わかるよ」


 こくんと頷くサーチートを抱き上げて、今度は小さな手を自分の額に当ててみる。


「オリエちゃんは三十六度二分の、平熱だよ」


「そう、ありがとう」


 私は平熱、ユリウスは高熱……どうやらサーチートが言っている事は本当だろう。

 サーチートって、いろんな事ができるなぁと改めて思いながら、私は女将さんから借りた洗面器に水を入れ、氷魔法を唱えて作った氷を放り込んだ。


「オリエちゃん、看病って、どうするの?」


「ん? そうだね、熱が出ていて苦しそうだから、この氷水でタオルを濡らして、汗を拭いてあげたりとか、そんなものかな。あとは……」


「あとは?」


「ただ、そばにいてあげる事、かな。ユリウスのそばに居て、ここに居るよ、早く元気になってねーって言う事くらいかな」


 私がそう言うと、サーチートは、それはいいね、と嬉しそうに頷いた。


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