第136話・ユリウスの話
「ねぇ、昨日、どうして早く戻って来てくれなかったの? ものすごーく心配したんだよ?」
本当に、ものすごーく心配した。
無事に戻って来てくれたから良かったようなものの、ユリウスに何かあったらどうしようかって、気が狂いそうだった。
それを伝えると、ユリウスは私のおでこに優しくキスして、ごめんね、と謝る。
「本当は、すぐに戻ろうと思ったんだけど、もう少し探索しようかなって思っちゃったんだよね。俺にはテレポートの呪文もあるからさ」
「でも、大きなゴブリンも居たんでしょ? サーチートは泣きながら戻って来るし、本当に心配してたんだよ」
「大丈夫だよ。数が多くても、ホブゴブリンくらい、全く問題ない。だいぶ、今の体に慣れてきたし、力のコントロールもできるようになったから」
「でも、巨大熊の時は、すごい怪我をしてたし、大変だったじゃない」
「あれは、予想以上の相手だったから、どれくらいの力で戦えばいいか、迷っていたんだ。全力でやったらすぐに終わったかもしれないけど、周りが吹き飛ぶ可能性もあるし」
どういう事だろう? 首を傾げると、ユリウスが続ける。
「森の中で、魔法も使って全力で戦えば、森や木々を傷つけるかもしれないだろ。ファイヤーボールみたいな火魔法は、木を燃やしてしまうし、ウインドカッターのような風魔法も、木を傷つける可能性がある。そういう、周りに大きな被害が出ないように考えながらだったから、色々と後手に回ってあんな事になってしまったんだ」
あの巨大熊との戦いの中で、ユリウスがそんな事を考えていたなんて、驚いた。
こんなに周りの事を考えられるって言うのは、ユリウスにはかなりの余裕があるって事だよね。
だから、ホブゴブリンくらいなら大丈夫って言えるんだろうな。
「ユリウス、全力を出していないって言うなら、ゴブリンを倒した時って、ユリウスの力の、何割くらいなの?」
「そうだなぁ」
ユリウスは少しの間考え込んで、苦笑した。
「多分、二割弱、かな。ゴブリンは数が多くて倒すのに忙しいけど、どれも弱いからね」
二割弱かぁ。すごいなぁ。
そりゃあ、心配する必要ないって言うし、もう少し探索しようかなって思っちゃうんだろうね。
「じゃあ、サーチートを帰した後、何があったか教えてくれる?」
「うん、いいよ」
ユリウスは頷くと、話を続けた。
ユリウスはホブゴブリンを含め、五十匹以上いたゴブリンを、結構あっさりと倒したのだそうだ。
まぁ、二割くらいの力しか出していなかったと聞いたら、あっさり倒せてしまうのも頷ける。
サーチートを先に返す事にしたのは、サーチートはゴブリンに遭遇するたびにものすごい悲鳴をあげていたらしく、それでひっきりなしにゴブリンが引き寄せられて襲いかかってくるからキリがない上、うるさかったからなのだそうだ。
「ホブゴブリンが出てきた時、もう本当にすごい悲鳴をあげてね。それに、ボロボロと涙を零していたから、もう限界だと思って、先に帰らせたんだ。サーチート、ものすごく怖がっていただろ?」
「うん、ガタガタと震えてたよ」
「まぁ、確かに俺も、ホブゴブリンが出てきた時は、驚いたんだけどね」
だけどユリウスはあっさりとホブゴブリンを含めたゴブリンを全て倒し、きっちり死体の始末までしたのだという。
それから魔石を集めて、家に戻るかどうかを悩み、もう少しネーデの森を探索する事にしたのだそうだ。
その理由は、自分がテレポートでいつでも家に戻れる事と、ホブゴブリンが出現した事で、少しでもゴブリンの数を減らせないかと思ったのだという。
「サーチートを帰してからは、あんまりゴブリンには会わなかった。その代わりに、別の魔物が出てきたけれど」
それでも、別の魔物も結構あっさり倒し、アイテムボックスに放り込んだのだという。
「ネーデの森は、とても広い。あの森の中でゴブリンが大量発生していると思われているけれど、他の魔物たちも多いんだ。それも、奥に進むにつれてレベルが高めのやつがね。それで、そろそろ一旦戻ろうとした時、誰かの悲鳴が聞こえたんだ。相手が何かわからないけれど、何かに襲われているのだろうと思って、俺はそちらに足を向けた」
襲われていたのは、男性二人、女性二人の冒険者で、彼らを襲っていたのはゴブリンたちだった。
ゴブリンたちは二十匹くらいで、中には二匹ホブゴブリンが居たらしい。
四人の男女はそれぞれ傷を負っていて、そのうちの一人、若い女性の冒険者が、ゴブリンに捕まって森の奥に連れ去られたのだという。
「俺はまず残っているゴブリンたちを一掃し、連れ去られた女の子を追って、助け出した。それから他の冒険者たちの元へと戻って、彼らを連れてネーデの森を脱出したんだ」
ユリウスが助け出した四人の男女は、国境近くの街、ガエールの冒険者ギルドから、ネーデの森の探索依頼を受けた冒険者だったらしい。
ユリウスは怪我をした持っていたポーション(特級だったらしい)を彼らに渡すと、ガエールの街の門の前まで彼らを送り、助けてもらったお礼がしたいという彼らを振り切って、戻って来たらしい。
「ゴブリンにさらわれた女の子って、大丈夫だったの?」
「うん、大丈夫だったよ。ゴブリンたちは巣穴にあの子を連れて行こうとしていたけれど、その前に取り返す事ができたからね」
「良かった……」
ゴブリンにさらわれた女の子、ユリウスが間に合わなくてゴブリンの巣穴に連れて行かれたら、十八禁のエロゲーみたいな展開になっていたかもしれない。
ユリウスがなかなか戻って来ないから、すごく心配だったけれど、彼が居なかったら大変な事になっていたかもしれなかったのだ。
「ユリウス、お疲れ様。一人でものすごく頑張ってたんだね」
そう声をかけると、小さく頷いたユリウスは、ご褒美欲しいな、と呟く。
「ご褒美って、何がほしいの?」
「もう少し、オリエとこうやっていたい」
優しく頬を撫でられて、口づけられて。
こんな事でいいのなら、いくらでもどうぞ。
そんな事を思いながら、私は目を閉じて――翌日深く後悔をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます