第65話・アルバトスさんとの約束
「オリエさん、これからの事ですが、この結界の術者を代わりますので、私の代わりに、ずっとユリウスのそばにいてあげてください」
「え?」
「ユリウスがこれからどう生きて行くかはあの子に任せますが、私はあの子には広い世界を見てもらいたいと思っています。だから私の代わりに、あなたにはあの子に寄り添ってもらいたいのです」
「結界の術者を代わるって、できるんですか? 確か、魔力が足りないとか言っていませんでした?」
確か、アルバトスさんが術者だと、命をかけても数日で結界が解けてしまうって言っていたはずだ。
「えぇ、言っていましたね。だけど、結界を維持できるだけの魔力さえ用意できれば、術者を代わる事ができます。だから、あなたにはまた魔結晶を造ってもらう事になりますが、私が術者……結界の人柱的な役割を代われば、オリエさんはユリウスと共に、どこにでも行く事ができすよ」
「それは、嬉しいですけど……」
だけど今度は、アルバトスさんがこの村から動けなくなってしまうって事なんじゃないかな。
それを言うと、彼は頷き、大丈夫ですよ、と緑の目を優しく細めて笑った。
「私は、いいんですよ。私はこの村が大好きですし、のんびりと残りの余生を過ごします」
「余生って……」
アルバトスさんって、多分元の私と同年代か、少しだけ年下なんだよね。
まだまだ若いのに、と思ってしまうんだけど、本当にそれでいいんだろうか?
「いいんですよ、オリエさん。ユリウスだって、私が安全な場所で大人しくしておいた方が、落ち着くでしょう」
確かに、それはあるかもしれない。
私はアルバトスさんの申し出に頷いた。
「じゃあ、よろしくお願いします」
私は、ずっと、ユリウスと一緒に居たかった。
例え、どんな危険な場所であっても、彼が行くなら、どこまでもついていきたい。
その事をアルバトスさんに言うと、アルバトスさんは頷いた。
「そうしてあげてください。あの子のそばに、ずっと居てあげてください。あと、オリエさんにはあの子の事で、お願いがあります。聞いていただけますか?」
「はい」
「あの子は普段は穏やかな子だと思うのですが、内面にはとても激しい感情も持っている子です。私が一度命を失った事により、あの子の封じていた力は解放されました。その強大な力を、一時の感情で間違った使い方をしないように、あの子の枷になってあげてほしいのです」
私はアルバトスさんが一度命を落とした時の事を思い出した。
あの時のユリウスは、私の声も届かないくらい、怒りに我を失っていた。
「私に、それができるでしょうか?」
少し不安になって聞いてみると、アルバトスさんは深く頷いた。
「もちろんですよ。逆にあなたにしか、あの子を止める事はできないでしょう。オリエさん、よろしくお願いしますね」
アルバトスさんはそう言うと、ペコリと私に頭を下げた。
「あの子はあなたの事が大好きなので、あなたがそばにいれば、穏やかでいられると思います。だから、ずっとあの子のそばに居て、安心させてやってください」
「はい」
私は深く頷いた。
私の中の、ずっとユリウスのそばに居たい気持ちは、真実だ。
彼にうっとおしいと思われるくらい、そばに居ようと思う。
「この際ですからいろいろとぶっちゃけると、私はあなたの事……最初はあまり興味がありませんでした。聖女召喚に巻き込まれた、異世界の可哀想な一般人くらいにしか思っていなかったのです」
申しわけありません、と続けたアルバトスさんに、私は首を横に振った。
全く謝る事じゃない。それが普通の反応だろう。
「だけど、あなたの事を知ったユリウスは、すぐにあなたを保護しようと行動しました。今から思えば、あの子は何か予感のようなものを感じていたのかもしれませんね。そしてあなたは本物の聖女であり、あの子の求める伴侶だった……これには、運命を感じずにはいられません。あなたになら、私の大事な息子を任せられますよ」
「アルバトスさん……」
「いろいろと言いましたが、私はあの子が元気で自分の思うままに生きてくれればいいと思っています。そして、あなたにもね。二人で仲良く、幸せになってもらいたいです」
「はい、幸せになります。ユリウスの事、絶対に幸せにします! でも、もちろん私はアルバトスさんにも幸せになってもらいたいです」
「はい、ありがとうございます」
アルバトスさんが右手を差し出してきたから、私も同じように差し出した。
「オリエさん、私の宝物を……私の息子を、よろしくお願いしますね」
「はいっ」
私とアルバトスさんは、しっかりと握手した。
そして改めて、
「息子さんを、絶対に幸せにします!」
と宣言する。
「えぇ、期待しています」
「はい、任せてください!」
どん、と胸を叩くと、
「何の話をしているの?」
と声をかけられた。
振り返ると、サーチートを肩に乗せたユリウスが居た。
「オリエちゃん、アルバトス先生、今日も結界は異常なかったよ! 今日のお昼のパトロール、完了だよ!」
サーチートはそう言うと、ユリウスの肩で敬礼をする。
その姿が可愛くて、
「お疲れ様、おいで」
と腕を広げると、サーチートは嬉しそうな表情で、飛びついてきた。
「オリエちゃ~んっ、大好きだよぉ~」
ふかふかのぬいぐるみの感触――でも、私を守って戦った時は、本物のハリネズミみたいにチクチクしていた、不思議なサーチート。
私の騎士で、使い魔で、大切な相棒だ。
「私も、大好きだよ~」
そう言ってぎゅっと抱きしめると、視界の端でユリウスが不貞腐れているのが見えた。
これはもしかしなくても、サーチート相手に妬いているのだろうか。
ユリウスは自分でも言っていたけれど、焼き餅焼きだ。
私はユリウスのものだよ、ユリウスの事が大好きだよって、何度伝えても、やっぱり焼き餅を焼く。
その様子は、村の人たちに若干引かれ始めているレベルだ。
「ユリウス、子供っぽいよ~」
「だって、オリエは俺のものなのに」
唇を尖らせるユリウス……だけど、私はそんな彼を可愛いって思ってしまうのだ。
そう思ってしまうのは、今の年齢は彼よりも下だけど、精神年齢がおばちゃんだからかもしれない。
それに、焼き餅を焼いてくれて、嬉しいな~とも思っちゃうんだよねぇ。
「そうだね、だから、焼き餅焼く必要ないって、何回も言ってるじゃない」
さっき、これから何があろうと、ユリウス自身がうっとおしいと思うくらい、そばに居るって誓ったのだ。
そして、彼を絶対に幸せにすると、アルバトスさんに約束をしたのだ。
「さっきね、幸せになりますって話をしていたんだよ」
そう伝えると、「それはいいね!」と腕に抱いたサーチートが小さな手をパチパチと叩いた。
「オリエちゃん、それはいいね、素敵だね! この結界の中で、みんなで仲良く暮らしていくんだよ、それはとても幸せな事だね!」
この防御結界――箱庭(ミニチュア・ガーデン)は、サーチートが素敵だって言っていた呪文だ。
このシルヴィーク村でみんな平和に楽しく、幸せに暮らせたらいいねって言ってたっけ。
「そうだね、とても幸せな事だよね!」
みんなで平和に楽しく、幸せに暮らしていく――それはなんて、幸せな事だろう。
それに今は、私には愛する人が居る。
これは、幸せになるしかないよね!
「幸せだなぁ」
と呟くと、近寄ってきたユリウスが私の体に腕を廻し、俺も、と頷いて、私たちはみんな声を上げて笑った。
「幸せなスローライフの始まりだね!」
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