第138話・王の衣装の選定会


「そう言えば、ルリアルーク王の衣装の選定会は、どうなったんですか?」


「あ、ぼくもそれ聞きたい!」


 私の膝からテーブルに移ったサーチートが、小さな黒い目をキラキラさせてローレンスさんを見上げる。

 選ばれるはずのない出来試合だと言っていたけれど、王都オブリ―ルでそれなりに楽しんできたのだと思って聞いてみたんだけど、ローレンスさんだけでなく、ゴムレスさんまでもが渋い表情をした。


「何か、あったのか?」


「えぇ。結論から言いますと……最悪でしたよ」


 深いため息をつき、ローレンスさんは言った。


「選定会で選ばれない事は最初から分かっていましたし、私もリュシーも割り切っていました。私たちはただ、商都ビジードの商人ギルト側として、ちゃんと選定会の衣装を作り上げた事の報告と、久しぶりの王都を楽しもうと言う気持ちで、王都オブリ―ルへと向かったんですが……」


 選定会では、予想していた以上の事が起こったと言い、ローレンスさんは拳を握りしめた。


 王都オブリ―ル側の商人ギルドが出してきたのは、金銀宝石、魔石を贅沢に使った豪華なプレートアーマーで、同じように金銀宝石、魔石を贅沢に使った剣と盾がついていたそうだ。

 ジュニアスは商都ビジード側の衣装も見ずに、自分はこのプレートアーマーを選ぶと、高らかに宣言したのだという。


「さすがに作らせた衣装も見ずに決めるのはいかがなものかと、選定会へ招待された来賓から声が上がったのですが、戦女神様が……」


 今ではこの国に召喚された戦女神と呼ばれているジュンが、王都オブリ―ル側は剣と盾、さらには自分の衣装まで用意してくれたのだから、その心遣いも評価すべきだと言ったのだそうだ。

 商都ビジード側が、剣や盾、ジュンの衣装は用意していなかったのは事実で、ジュンの言葉にジュニアスも頷いたのだという。


「そして……」


 ローレンスさんは怒りを抑えきれないように、言った。

 選ばれなかったビジード側の衣装は、もう必要ないという理由で、大勢のギャラリーの前でジュンのファイヤーボールで燃やされ、ジュニアスはその様子を笑いながら見ていたのだと言う。

 

「ひどいよ! なんて事をするんだ!」


 小さな黒い目から小さな涙をぽろぽろと零しながら、サーチートが叫ぶ。


「えぇ、本当にひどいです。いくら王族と言えども、やっていい事と悪い事があります」


 選定会で選ばれない事は、最初からわかってはいたが、さすがにこれはないと、ローレンスさんは異議を唱えようと思ったらしい。

 だが、隣で怒りに震えていたリュシーさんが、今にも飛び出しそうになっている事に気付くと、彼を止める事に専念した。

 リュシーさんの怒りはわかるが、今ここで王族であるジュニアスや、戦女神と呼ばれるジュンに手を出したら、間違いなく殺されてしまうだろう。

 だからローレンスさんはジルさんと共にリュシーさんの体を押さえ続け、選定会は終わったのだと言う。


「さすがに、これはないだろうと、観客はみんな引いていました。王でさえも、観客の様子を見て、これはまずいと思われたようです。観客たちの顔を見ろとジュニアス様に言い、注意しようとされましたが、ジュニアス様はご自分の権力と武力で、観客たちを騙らせました」


 その時の様子が、目に見えるようだった。

 みんな命が惜しいから、黙る他なかったのだろうね。


「ですが、あの場に居た観客の半分以上は、間違いなくジュニアス様の……いや、オブルリヒト王家の方々に対し、不信感を抱いていましたよ」


 ローレンスさんの話を聞いて、本当にひどいという感想しかなかった。

 私とジュンがこの世界に召喚されてから、そろそろ三カ月になる。

 その間、この世界でジュンがどんなふうに生きて来たのかは知らないけれど、彼女はどんな横暴も許される特別な存在になっているみたいだし、ジュニアスの権力の下で、ジュンは力をつけてきたって事なのかな。

 ナディア様は、お元気にされているだろうか。

 アニーさんがそばに居るはずだから、大丈夫だと思いたいけれど、ジュンに危害を加えられていないか心配だ。

 まぁ、心配って言っても、どうする事もできないんだけどね。

 ただ、お健やかに暮らしておられていいなぁと、願う事しかできない。


「ローレンスさん、リュシーは今、どうしてるんだ?」


「おそらく、家に居ると思います。ジルさんも、ご一緒のはずです」


 ローレンスさんは、ちらりとゴムレスさんへと視線を向け、ゴムレスさんは、その通りだと頷いた。


「わかった。ちょっと様子を見に行ってくる」


 ユリウスはそう言うと、よほどリュシーさんが気になったのか、私を置いて部屋を出て行こうとする。私は慌てて立ち上がった。


「オリエちゃん!」


「ごめん、サーチート! 後から迎えにくるから、ちょっと待ってて!」


 振り返ると、サーチートと、その後ろでローレンスさんとゴムレスさんが、頷いていた。


「ユリウスさん、オリエさん、リュシーをお願いします」


「あぁ、わかった!」


 ローレンスさんとゴムレスさんに頷いて、私とユリウスは、リュシーさんの店――スタイリッシュ・アーマーへと向かった。



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