第25話・横暴


 それにしても、こんなに綺麗な奥さんがいるのに、浮気をするジュニアスに腹が立つが、そのジュニアスを誘惑したジュンという女にも腹が立った。

 ジュンっていう子は、一体何なの。

 この世界に召喚された時は、すごく若くて綺麗な女の子だと思っていたけれど……良く考えてみれば、彼女が着ていた服は、ヒョウ柄の服だ。

 あの服は、夢の中で見た……ううん、元の世界の私が死ぬ事になった原因の女が、着ていた服。

 という事は、あのジュンって子は、あの若作りをしたヒョウ柄の服を着た、厚化粧のおばさんって事なのだろうか。


 そうだとしたら、あのヒョウ柄おばさんは、あの日刺されて死んで、この異世界ルリアルークに、若返って転生した、という事か。

 私はあの時には死ななかったけれど、元の世界と異世界ルリアルークの同時に存在……これは、特殊な転移って事でいいのかな。

 そして元の世界の私が死んで――ううん、殺されて、異世界ルリアルークへ正式に転生……私の状況って、今ここだよね。

 なるほど、そういう事だったか。納得した。


「とにかく、私はジュニアス王子には、好意のひとかけらも持っていませんから、安心してください」


 私がそう言うと、ナディア様は安心したように笑った。

 だけど彼女はすぐに、緊張した面持ちになる。

 ノックもせずに、ナディア様の部屋へと足を踏み入れた、一人の男によって。


「まさか、ここに居るとはな」

 ノックもせずに部屋に入ってきたのはジュニアスで、私とナディア様を見ると、ニヤリ、と悪だくみをしているような表情で笑った。






「ナディア、盾の聖女を連れ出したのは、君か。彼女は大切な方だ。勝手に連れ出されては、困るな」


「も、申し訳、ありません、ジュニアス様……」


 ため息をつきながら言ったジュニアスに、ナディア様は慌てて謝った。

 ジュニアスは謝るナディア様を楽しそうに見つめると、次に私へと目を向ける。


「目が覚めたか……見違えたな。今の君は……とても、いい……」


 ジュニアスの言葉にイラっとしたので睨みつけたが、ジュニアスの方は全く気にしていないようだった。

 それだけでなく、この男は、とんでもない事を口にする。


「今のお前なら、三人目の妻として、俺が娶る価値があるというものだ」


「は? 何言ってんの?」


 本当に、この男は何を言い出すのか。

 私は慌ててナディア様へと顔を向ける。


「ナディア様! 違いますからね! 絶対あり得ませんし、私は絶対に嫌ですからっ!」


「で、でも……」


 ナディア様は、その綺麗な青の瞳を潤ませていて、今にも涙が零れそうになっていた。

 この方を泣かせるわけにはいかない。

 そう思った私は、再度ジュニアスを睨みつけ、言った。


「あ、あなたね、こんなに素敵な奥様が居るのに、三人目の妻とか、本当に何言ってるの! そんな事を言って、男性として恥ずかしくないの?」


「いや、全く」


「はぁ? 信じられない!」


 何なの、この浮気男! 最低!

 そう思ったが、この世界では一夫多妻は、おかしな事ではないらしい。

 裕福な者や権力者の男性は、多くの妻を娶るのは普通の事らしく、ジュニアスは王族だから何もおかしな事はないというのだ。


「お前のような生意気な女を、俺好みの淫らな女にするのも、楽しそうだな」


 ジュニアスがそう言った瞬間、ナディア様が息を呑む音が聞こえた。

 弁解しなきゃと口を開きかけた私より早く、ジュニアスが言葉を発する。


「ナディア、お前、妬いているのか?」


「え?」


「妬いているのなら……俺をジュンのように、楽しませてみろ!」


「え? きゃあっ!」


 ナディア様の腕を引き、無理矢理抱え込んで、部屋の奥にあるもう一つの部屋へと向かおうとするジュニアス。

 あの奥の部屋って、もしかしなくても、寝室かー!


「お止めください、ジュニアス様!」


 アニーさんがジュニアスを止めようとしたけれど、振り払われて転んでしまった。


「アニー!」


 ジュニアスの腕の中から、ナディア様が叫ぶ。

 アニーさんは尚もジュニアスを止めようと、手を伸ばしたけれど、


「アニー、ナディアは俺の妻だ! 夫婦の邪魔をするな! お前、いい加減にしないと、その首を落とすぞ! ナディアの侍女は、お前でなければならない理由など、どこにもないのだからな!」


 とうジュニアスの言葉に、伸ばした手を引き、ナディア様の方も、もうジュニアスに抵抗はしなかった。


「それでいい」


 大人しくなったナディア様とアニーさんを、満足そうに見下ろしたジュニアスは、ナディア様を連れて寝室へと消えて行った。






 二人が消えた寝室のドアを睨むように見つめながら、アニーさんがぽつりと言う。


「私はっ……自分の命が惜しいのではありません……。あの方を……ナディア様を、一人にさせたくないのですっ……」


 アニーさんは、ナディア様と自分の身の上話をしてくれた。


 ナディア様は、オブルリヒト王国の隣に位置する、スモファド王国の姫なのだという。

 自然が多く美しいスモファド王国は、その美しさ故に他国に狙われた。

 オブルリヒト王国もそういった国の一つで、スモファド王国は隣国という事もあり、オブルリヒト王国から、ある取引を持ち掛けられたのだという。


 スモファド王国を他国や魔物たちから守ってやる代わりに、ナディア姫をオブルリヒト王国のジュニアス王子の元へと嫁がせる事――。


 他国や魔物の侵略に怯えたスモファド王国は、言われるままにナディア姫をジュニアスの元へと嫁がせた。


「先程、ジュニアス様はご自分とナディア様を夫婦だと言いましたが、ナディア様は、妻というよりも、言わば人質のようなものです。ジュニアス様はいつも気まぐれに訪れては、ナディア様を好きにするだけで、ナディア様に優しくする事など全くありません。だけど……だけどナディアは、あのどうしようもない男を、愛されてしまった。あの男は、ナディア様を弄んでいるだけなのに……」


 アニーさんは綺麗な緑色の目から大粒の涙を零しながら言った。

 怒りを我慢しているのだろう、握りしめた拳が震えている。


「ジュニアス様がああいう方なので、私が居なくなれば、ナディア様は独りぼっちになってしまいます。ナディア様は、孤児で飢え死にしかかっていた私を救ってくれた上、まるで妹のように優しく慈しんでくださいました。畏れ多い事ですが、私もあの方を姉のようにお慕いしています。だから、あの方は、私の命よりも大切な方なのです。私は、何としてもナディア様をお守りします。だから、私は死ぬわけにはいかないのです……」


「アニーさん……」


 ナディア様もアニーさんも、とても強い人だと思った。

 アニーさんは、ナディア様を弄びつくしたジュニアスが、寝室から出てくるまで、待つと言った。

 何か私にできる事はないかと尋ねたけれど、何も無いと言われたため、私はアニーさんがジュニアスに振り払われて転んだ時にできた傷にヒールをかけて、この場を立ち去った。

 多分アニーさんは、ジュニアスに弄ばれた後のナディア様を、誰にも見せたくないだろうから。

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