第26話・もう一人の聖女?


 ナディア様の部屋を出ると、私が目覚めた部屋の前に居た二人の兵士が、駆け寄ってきた。

 また私を殺そうとしているのかもしれないと身構えるが、兵士たちはただ私の側に居るだけで、攻撃してくるような事はなかった。


「何か、用?」


「俺たちは、お前の見張りだ」


「そんなの、いらない」


「そうはいかない。俺たちは、ジュニアス様から、お前を見張るように命令を受けている。あと、部屋から出すなと言われた」


 どうやらジュニアスは、私をあの部屋に閉じ込めたいらしい。

 散歩くらいさせてもらえないだろうか。

 ここから逃げ出すために、王宮を見て回りたいんだけどなぁ。


「あの、お前は本当に……あの時の女なのか?」


 そう言った兵士の一人を、私は睨みつけた。


「あの時っていうのは、あんたたちが私からお金を取り上げて、殺そうとした時の事でいい?」


 私がそう言うと、兵士たちは俯いてしまった。そして、


「すまなかった」


 と言う。

 こんな言葉を聞く事があるなんて、と、私は激しく驚いた。


「今思えば、あの時お前を殺していたら、俺たちはジュニアス王子に、首をはねられていただろう。それを考えると、ユリアナ様には感謝しかない」


「は? 何言ってんの? あんたたち、私を殺す気満々だったじゃない」


 豚女と罵られ、背中を斬られた事を、私は忘れていないんだぞ!

 今さら、何を言うんだ!


「確かに、そうなんだが……俺たちはあの時、お前が聖女の可能性があったなんて、微塵も思っていなかった……」


「私は、醜く太った、豚女だったものね」


 こいつら、私に何回そう言った事か。

 自分が太っていたのはわかっているけど、何回も言われてすごく傷ついたんだぞ。


「す、すまなかった……。お前は……いや、あなたは、こんなに綺麗だったのにな」


「あぁ、こんなに綺麗だったのに、ひどい事を言ってしまい、本当にすまない」


「は?」


 私は耳を疑った。今こいつ、なんて言った?

「綺麗? 何言っているの? あれだけ豚女とか言っていたくせに……」


 私がそう言うと、兵士二人は首を横に振り、頭を下げる。


「でも、今のお前は本当に綺麗で、聖女だったんだなって思うぞ」


「ジュン様の美しさとは、違うけどな」


 姿形が変わった途端に、ころりと態度を変えた兵士たちには呆れしかなかったけれど、ジュンという名前が気になった。


「ジュンって、もう一人の人の事だよね」


「あぁ、そうだ」


 兵士の一人が少し頬を染めて頷いた。


「ジュン様はとてもお美しい、矛の聖女様だ。あの色気がたまらない。あの方に見つめられるだけで、心を奪われてしまうのではないかと、みんな言っている」


 心を奪われるって、大げさだ、と思ったけれど、多くの兵士たちはジュンという女に夢中なようだった。






「うふふ、嬉しい事を言ってくれるのね、ありがとう」


 女の声が聞こえて振り返ると、ジュンが居た。

 ジュンに夢中な方の兵士が顔を赤くする。

 金髪に近い茶色の髪に、少し赤みを帯びた茶色の目をしたジュンは、胸元が大きく開いた赤いドレスを着ていた。

 開いた胸元を、大きな赤い宝石が飾っている。あれはルビーかな。

 彼女は私を見ると、ニヤリと笑った。すごく感じが悪い。


「あら、ずいぶん可愛らしくなったのね。あんなに醜く太っていたのに」


 そう言った順に、カチンときて、イラッとしたのは言うまでもない事だ。

 なので、私もつい言い返してしまった。

 後から思えば、これを口にしたから面倒な事になってしまったのかもしれない。


「あなたも、若返れて良かったですね」


 と……。そう言った瞬間、ジュンは目を吊り上げた。


「あなた、覚えてるの?」


「は?」


 覚えているとは、前世――つまり、元の世界の事か?

 まぁ、思い出したのは夢に見たからだけど、あんな特徴のある服を着ていたら、夢に見なくてもそのうち思い出したかもしれない。

 そう言えばこの人、金の獣の衣を纏った聖女って言われてたんだっけ。

 ヒョウ柄の服が、金の獣の衣……まぁ、間違いじゃないけどね。


「素敵なドレスですね。でも、あの派手な服は、もう着ないのですか? 金の獣の衣なのに」


 私のこの言葉を聞いて、多分ジュンは、私が全てを覚えている事に気が付いたのだろう。

 だが、彼女は私に対して謝罪の言葉を口にするわけでもなく、むしろ開き直ったかのように言った。


「アンタ、邪魔よ!」


 ジュンはそう言うと、


「ファイヤーボール!」


 と叫び、私にバスケットボールくらいの火球を投げつけて来た。


「ぎゃあっ!」


 私は避けたが、私の後ろに居た兵士二人が、ファイヤーボールをくらってしまい、床に転がった。

 私は彼らに近づくと、ヒールをかけてやる。


「ちょっと、何するの! 火事になっちゃうじゃない!」


 ここは王宮で、ナディア様の部屋の前である。

 ファイヤーボールなんか使ったら、火事になってしまうではないか!


「あなた……ヒールが、使えるのね?」


 私は彼女を睨みつけたが、ジュンは私を見て驚いていた。

 どうやら、私がヒールを使えた事に驚いているみたいだった。

 ヒールは多分、私が一番使っている魔法だから、今では一番得意な魔法かもしれない。


「そのヒール、私によこしな!」


 ジュンはそう叫ぶように言うと、ファイヤーボールを連発して攻撃してきた。

 火球が三つ飛んでくるけれど、分厚い肉とオサラバした今の私なら、避けられると思う。

 だけど、そうしたらこの王宮が火事になっちゃうんじゃないかな?

 どうしよう、どうしたらいいだろう?


「サンダーシールド!」


 飛んでくる火球の処理に悩んでいるうちに、目の前の火球は消えてしまった。

 私の前に、雷の盾みたいなのが現れたのだ。


「ノートン様!」


 兵士たちが歓喜の声を上げる。

 雷の盾で私たちを守ったノートンは、私たちを背中に庇い、ジュンの前に立った。

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