第27話・自己中心的聖女


 ノートンが現れ、ジュンが放ったファイヤーボールから守ってくれた事で、私の後ろで兵士たちが安堵の息をついたが、私は前に立つノートンの背中を睨みつけた。

 ジュニアスもそうだが、ノートンは私を殺した人間だ。

 許せないし、何を考えているのかわからない不気味さを感じる。

 今だって、ジュンから私を庇おうとしているようにも見えるけど、いつ振り返って私に攻撃してくるかわからない。

 そんな事を考えながら、私は雷の盾が現れた辺りへと目を向けた。

 雷の盾は、私を守ってはくれたけれど、廊下に敷かれた豪華な絨毯は、少し焦げ付いている。

 一応盾にはなってくれたものの、一歩間違えば、私や兵士たちが傷ついていたのではないだろうか。


「ジュン様、落ち着いてください!」


 ノートンは、ジュンに向かってそう叫んだが、ジュンは首を横に振った。


「邪魔しないで、ノートン! その女を殺して、私は真の聖女の力を手に入れるの!」


「駄目です! ジュニアス様はこの国に、矛と盾の聖女を迎えるおつもりなのです! だから、この盾の聖女は、矛の聖女であるあなたと同じように、大切な方です! 傷つけてはいけません!」


 ノートンは私の前で、ジュンに向かって両手を広げた。

 彼は、今は本気で私を守ろうとしているようだ。


「嫌よ! 聖女は私一人でいいじゃない! ジュニアス様に愛される聖女は、愛される女は、私だけでいい! その女は、聖女である私の召喚に巻き込まれてここに来てしまっただけなんでしょ? その時に、その女が私の聖女の力を、半分奪ってしまったのよ! だから、その女を殺して奪い返すの!」


「は? あんた、何言ってんのよっ!」


 ジュンのあり得ない発言に、怒りを通り越して呆れてしまった。

 この女、さっきから私を殺す殺すって言ってたけど、私を殺せば、ヒールみたいな回復系の力を、私から奪えるって思ってるの?


 これが、あり得る話なのか、あり得ない話なのかは、この不思議がいっぱいの異世界ではわからないけど、ジュンの言っている事は人としておかしい。

 いや、それさえも、この異世界では通用するものなの?


「だいたいね、ジュニアスに愛されるとか言ってるけど、あいつには綺麗な奥方がいるでしょ! いい加減にしなよ!」


 ジュニアスはひどい男だが、あの男にはもったいない、信じられないくらい美しい奥方がいるのだ。

 愛人は身の程をわきまえるべきだ。

 だけどジュンは首を横に振り、ナディア様の部屋のドアを睨みつけ、言った。


「ナディア! あの女も、近いうちに殺してやるわ! そして私がジュニアス様の妻に……王妃になるのよ!」


「あんた、なんて事言うの!」


 なんという自己中心的な言い分だ……頭が痛くなる。

 この女は、元の世界でどんな生活をしていたのだろう。

 というか、いくら聖女とはいえ、こんなに殺す殺すと連発している危険な女、王宮で自由にさせておいてもいいの?


「騒がしいわね、何事?」


 部屋の前が騒がしいのが気になったのだろう、ナディア様の部屋のドアが開いて、アニーさんが顔を覗かせた。

 ジュンはアニーさんを睨みつけると、手を振り上げる。

 その手にファイヤーボールが現れたのを見て、私は慌てて叫びながら、ジュンに向かって突進した。


「アニーさん、部屋から出ちゃ駄目!」


「え? は、はいっ!」


「邪魔を、するなぁっ! ぎゃあっ!」


 私がジュンに体当たりしたから、彼女はバランスを崩し、ファイヤーボールはどこかに放たれる事なく消滅した。

 危ないところだった……まぁ、ノートンが居るから、彼がなんとかしたかもしれないけれど、ジュンは本当に何をするかわからない。

 彼女に近づくと私も危ないので、体当たりした後は、すぐにジュンから離れる。

 以前とは違って身が軽いからできる事だ。


「手荒な事をしたくありませんでしたが、少々度が過ぎますね。ジュン様、少しお休みされてはいかがですか?」


 深いため息をついたノートンはそう言うと、指先をジュンへと向け、「サンダー」と唱えた。

 ノートンの指先から放たれた雷の呪文は、ジュンの体に命中し、ジュンはその場に倒れて気を失ってしまった。


「一体、何だったの?」


 騒ぎが収まった事に気付いたのだろう、アニーさんがまたドアから顔を覗かせた。

 そして、倒れているジュンを見て、顔をしかめる。


「アニーさん、ご無事ですか?」


「は、はい、大丈夫です」


 ノートンに声をかけられたアニーさんは、頷いた。

 アニーさんの返事を聞いて、ノートンがほっとしたような表情をしたのは、ナディア様の部屋にジュニアスが居る事を知っていたからなのだろう。

 ノートンはアニーさんに近寄ると、彼女の耳元で何かを言うと、私や兵士たちを振り返った。


「私はジュン様を部屋に運びます。おい、見張りのために、一人ついてこい! もう一人は、こちらの盾の聖女様を部屋へお連れしろ」


「は、はい!」


 ノートンが気を失ったジュンを抱き上げて歩き出すと、ジュンに夢中な方の兵士が、ノートンの後を追いかけて行った。

 あのジュンって女もすごかったけど、ノートンの方もすごい事をするな。

 聖女って、この国にとって何なのだろう。

 必ずしも大切にされているというわけでもないのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る