第53話・箱庭の鍵


「ただし、結界の外は、危険な場所だという事を、みなさんには理解していただきたいのです。街道へと続く村の入り口には、今もオブルリヒト兵が見張っていますし、結界外の森の中には、害意を及ぼす動物、魔物たちが溢れているでしょう」


 それを聞いた村の人たちは震え上がり、ざわめき始める。


「危なくないんですか?」


「えぇ、もちろん、危ないですよ」


「そんな危ないところ、私たちに行けるはずないじゃないですか」


「そうだそうだ! 鍵があっても、外に出たら殺されてしまう危険があるじゃないですか!」


 村の人たちの意見は、もっともな事だった。

 アルバトスさんは頷くと、


「そうなんです。危ないんですよ。だから、あなたたちにはできるだけ、結界内に居てほしいと思っています。ですが、どうしても外に出なければならない時が、あるかもしれませんね」


 と続ける。

 だけど、そんな殺される可能性もある危険な場所に、誰が向かおうというのか。

 村の人たちはみんな首を横に振り、行けるはずがないだろうと言う。

 そんな中、


「大丈夫だ、俺が行こう」


 と言ったのは、ユリウスだった。

 村の人たちは驚き、みんな首を横に振った。


「ダメですよ、ユリウス様に、そんな危険な事をさせるわけには行きません」


「そうですよ! 外に行かなくてもできる生活を送ればいいんです!」


 そう言う村の人たちを、私は優しい人たちばかりだと思った。

 ユリウスやアルバトスさんたちが、彼らを何としてでも守ろうとした気持ちがわかる。

 だけどユリウスは深い息をつくと、首を横に振り言った。


「ありがとう。みんなの気持ちは、とても嬉しいよ。だけど、この件に関しては、伯父上はもともと、俺にやらせるつもりだから」


「え?」


「そうですよね、伯父上」


 みんなの視線がアルバトスさんに集まり、その視線を受け、アルバトスさんは笑顔で頷いた。


「もちろんです。こんな危なそうな事、あなた以外にやらせるわけにはいきませんよ」


「だ、そうだよ」


 ユリウスは苦笑し、自分を心配する村の人たちを見た。


「みんなが俺に優しくしてくれたみたいに、俺も、みんなのために何かをしたいって思っている……もしも結界の外に用事があるのなら、遠慮なく俺を使ってほしい」


「ユリウス様っ……」


 みんな、ユリウスの言葉に感動しているようだった。

 いいなぁ、こういうの。

 互いが互いを想い合ってる感じが、すごくいい。

 私もユリウスと一緒に、この優しい人たちの力になりたい。






「では、オリエさん。鍵を作りましょう」


 アルバトスさんに声をかけられて、私は頷いたものの、作り方を知らない。

 ちらりとサーチートを見たけれど、サーチートはふるふると首を横に振った。

 どうやらサーチートも知らないようだから、作り方を教えてくれるのは、アルバトスさんという事になる。


「オリエさん、鍵の作り方ですが、結界の存在を感じながら、鍵を作ってみてください」


「ん?」


 アルバトスさんは優しく微笑みながら、鍵の作り方を教えてくれたようなのだが、私は言っている意味が全くわからず、首を傾げた。


「あれ? もしかして、わかりませんか?」


「はい、ちょっとわかりません」


「そう、ですか」


 アルバトスさんは驚いたようだったけれど、私にはその教え方で何故できると思ったのかが不思議だった。

 だけどアルバトスさんがこんな説明をしたっていう事は、私はこの説明でできるって思ったからなんだろうなぁ。

 呪文らしいものを教えてくれたわけじゃないから、感覚的なものなのかもしれない。

 確かに、私はこの世界に来てからいろんな魔法を使ったけれど、呪文を唱えて何かを行うというよりも、何がしたいかっていう、自分の意思が反映されたものの方が、多かったような気がする。

 だとしたら……私はアルバトスさんの言うやり方で、鍵を作る事ができるのだろう。


「オリエさんは、結界の存在は、感じる事はできますか?」


 私は目を閉じて、この村を大きく囲っている結界へと、意識を集中させる。

 この結界は、この村を守るためのもの――ここには誰も入ってくる事はできないし、誰もここから出る事ができない。


「結界の存在、感じます」


「では、そのまま結界の向こう側に行くために、必要な鍵を思い浮かべてみてください」


「はい」


 この結界から出るためと、入るために必要な鍵。

 それがなければ、向こうとこちらを行き来する事ができない。

 だから、鍵を作りたい。

 私は両腕を伸ばし、手のひらを――熱くなった手のひらを、広げた。

 多分、できたと思う。


「できた……あれ?」


 鍵を作ったはずなのに、目を開けると見えたのは、白く光るピンポン玉くらいの球体だった。


「失敗、しちゃった?」


「いえ、失敗とは限りません。それも鍵なのかも……鍵の形に具現化ができていないだけではないでしょうか」


「どういう事ですか?」


「つまり、鍵の形をしていないだけで、それは鍵だろうという事です」


「これが?」


 私はピンポン玉サイズの光の玉を見つめた。

 これが鍵かもしれないと言われても、どうやって使うんだろう?


「じゃあ、その鍵、俺が欲しいな。オリエが最初に作った、記念すべき鍵だから」


 ユリウスがそう言ったけれど……使うにしろ、あげるにしろ、本当にどうすればいいのだろう?


「オリエさん、ユリウスにその球体を、押し込んでみてください」


「押し込む?」


 押し込むとは?

 とりあえず私はその言葉のまま、光る急崖を、そっとユリウスの方へと押してみる事にした。

 すると、球体はすうっとユリウスの中に、吸い込まれていく。


「これで、いいのかな?」


 首をひねる私に、


「実験してみたらいいと思いますよ」


 とアルバトスさんが言う。


「そうだね、実験してみよう」


 ユリウスの声と共に、私たちは外に出て、外が森に面している結界の境目へと向かった。

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