第32話・思い出の写真
ジュニアスが立ち去った後、私は受け取ったリュックサックを持って、王様と話をした中庭に向かった。
この中庭、可愛いお花がたくさん咲いていて、心が安らぐんだよねぇ。
私は中庭に設置されているベンチに座って、リュックサックの中から財布を取り出し、中に入れていた写真を取り出した。
この写真は、小学生の頃に近所の公園で撮ったものだった。
写真には、三人全員がふっくらとしている、仲の良さそうな家族が写っている。
あんまり裕福な家庭じゃなかったから、旅行に行った事はなかったんだけど、ちょうど桜が満開だったから、みんなで散歩がてら見に行って、家族三人並んで撮ったものだった。
みんなで一緒に写っている写真って、実はこれだけだったんだよね。
三人家族だったから、後の写真は一人のものか、二人のものかが多いのだ。
これはとても貴重な写真だ。だから、絶対に無くさないように、財布の中に入れて持ち歩いていた。
これ、私が何歳の時の写真だろう? 確か、写真の裏にみんなの年齢を書いてたはずだ。
「え?」
私は写真の裏を見て、首を傾げる。
家族みんなの年齢と、どこで撮った写真かという記載の他に、かなり不恰好な文字で、元から書いてあった文字よりも小さく、私が見た事もない文章が書き込まれていたのだ。
「これ、何? 誰が書いたの?」
私は再び写真を見つめた。
もしかして、この写真の裏に書かれた文章は、いつか、このリュックが私の手に戻って、この写真を見た時のために書かれたもの?
日本語で書かれているから、この世界の人々は見てわからないかもしれないけど、持ち主である私でさえも気づかないかもしれないこのメッセージに、私はこれを書き込んだ人の想いを考えると、涙が零れそうになった。
きっと縋るような気持ちで、一生懸命知らない文字を書き込んでくれたのだ。
私を、ここから助け出すために。
写真の裏に書かれた言葉を言おうとした時、
「これは何?」
誰かが、私から写真を取り上げた。
「あら、大豚が二匹に、子豚が一匹。あなた、昔からこんなだったのね。豚一家じゃない。ある意味、可愛らしいけど」
ジュンは私の大事な写真を見ながら、そう言ってくすくすと笑った。
私だけが馬鹿にされるのは、まだ我慢できる。
だけど、家族の事まで馬鹿にされると、限界だった。
「返して!」
「うふふ、嫌よ! ファイヤー!」
ジュンはそう言うと、写真を持った方の手に、炎を灯す。
「あっ」
炎を纏ったジュンの手に持たれた写真は、一瞬のうちに燃え上がり、灰も残らなかった。
あの写真は、私にとってとても大切なものだったというのに。
「ふふ、すごい面白い顔をしているわよ」
私は目を見開いて、ガクガクと震えていた。
震えるのは、ジュンに対しての怒りが、身体中に渦巻いているからだ。
「なんて事をしてくれるのよ!」
「あら、ごめんなさーい、手が滑っちゃってー」
手が滑って、炎の呪文で燃やしてしまうなんて、あるはずない。
この女は、明らかに私への嫌がらせで、私の大切な写真を燃やしたのだ。
一体どういうつもりなのか……ただからかっているだけとは思えないし、これは、挑発されているのだろう。
じゃあ、どうしてジュンは私を挑発するのか。
それはおそらく、私から手を出させたいからだ。
昨日の事もあり、ジュンから手を出せば、このオブルリヒト王国に対し、心象が悪い。
だけど、私から手を出せば、ジュンには正当防衛という大義名分ができて、堂々と私を攻撃する事ができる。
これが罠だって、わかっていた。
だけど、もう限界というか、ジュンを殴りつけてやりたかった。
それでも、あいつの好きにさせたくない気持ちもあって、私は深呼吸して少し冷静さを取り戻し、考える。
「許せない」
「え? どういう事? どうする気なの?」
くすくす笑いながら、ジュンが私をさらに挑発する。
そっちがその気なら、こっちだって挑発するだけだ。
どっちが我慢強いか、勝負だよ。
「土下座して、謝りなさいっ!」
「はぁ? 何言ってるの?」
「だから、今すぐここに土下座して、私の大切な写真を燃やしてしまって、申し訳ありませんでしたって、謝れって言ってるの! あんたが悪いんだから!」
私たちが中庭で大騒ぎを始めたものだから、少しずつギャラリーが集まってきていた。
ジュニアスや、王様、お妃様。ナディア様とアニーさんの姿もある。
私は、ちらりとナディア様とアニーさんへと視線を向けた。
ジュンと私のせいで、多分ここはもうすぐ危険な場所になる。
ナディア様とアニーさんを巻き込みたくないから、すぐに避難できるような場所にいてほしい。
もちろん、これを今言葉にするわけにはいかなかったのだけれど、アニーさんは何か感じ取ってくれたようで、こくりと頷いてくれた。
後は……この綺麗な中庭がぐちゃぐちゃになっちゃうかもしれないのは、申し訳ないと思う。
「さぁ、さっさと謝りなさいよ! あんたが悪いんだから!」
「な、何を言うの! 偉そうに! あんた、何様のつもりよ! あたしを誰だと思ってるのよ! 私はこの国に召喚された、矛の聖女よ!」
私の物言いに、イライラしてきたのだろう、ジュンは顔を赤くして怒鳴るように言った。
だけど私は、彼女の言葉に爆笑してしまった。
「何を笑っているの!」
「だって、おかしいじゃない。気づかないの?」
「何よ、この無礼者! 私はこの国に召喚された、矛の聖女なのよ!」
「あはは、うん、そうね、あなたは矛の聖女、らしいわね。でも……」
あぁ、おかしい。自分が矛の聖女だと主張する彼女は、私が今この王宮で何と呼ばれているのか、理解できていないのだろうか。
おかしすぎて、お腹が痛くなるよ。いやぁ、笑えるなぁ。
「でも、あなたが矛の聖女なら、私は盾の聖女って事だよね? 立場は、同じなんじゃないの?」
私が冷静にそう言うと、ジュンは先に我慢の限界を迎えたのか、
「お前なんか、死んでしまえっ! ファイヤーボール!」
と叫び、私にファイヤーボールを放ってきた。
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