第31話・リュックサック


 午後になると、ジュニアスが私の荷物を持って、部屋にきた。

 王様と話したのが午前中だから、まだ数時間しか経っていない。

 こんなにすぐに持って来てくれるという事は、ジュニアスは以前から私の荷物を入手していたのだろう。

 そして、返してほしいと言わなければ、そのまま処分するつもりだったに違いない。


「これでいいか?」


「見てみる」


 荷物――元の世界から持ってきたリュックサックの中を確認する。

 リュックサックの中身は、財布、化粧ポーチ、ハンカチ、ティッシュで。


「サーチートがない」


 そう呟いた私に、「何だ、それは」とジュニアスが首を傾げた。


「私のぬいぐるみだよ。ハリネズミの……」


 今は、自分で動いて喋っちゃうけどね。


「そんなもの、入っていなかったぞ」


「どうして?」


「そんな事、俺が知るか。まぁ、入っていたとしても、捨てていたがな」


「どうしてよ!」


「お前の足元でチョロチョロしていた、おかしな生き物だろう。俺が見た時は吹き飛ばされて転がっていった、間抜けな生き物でしかなかったが、兵士たちからは、危険な魔物だという報告を受けているからな」


 オブルリヒト王国の報連相は、結構しっかりしてるらしい。

 そういや、ジュニアスが私を連れに来た時、サーチートの姿を見ていたっけ。


「あの子は、魔物なんじゃないよ、多分……」


 いや、確か、使い魔って言ってたような気がする。

 使い魔って、魔物なんだっけ?

 まぁいいや。とりあえず、このリュックサックの中には、最初からサーチートが入っていなかったというのは、ジュニアスの様子から本当の事らしかった。

 でも、これは、どういう事だろう?

 ジュニアスに見つかれば、捨てられるか壊される可能性があるから、わざと入れていなかったって事?

 それとも、サーチートがもう、ぬいぐるみとしても存在していないって事?

 一体、どっち?






「おい、昨日は大変らしかったな」


「は? 何の事?」


「ジュンを、よく止めたな」


「へ? あぁ、あの時の事か……」


 サーチートの事を考えていたら、ジュニアスから話しかけられた。


「あの時、ナディアの部屋には、俺も居た……。ジュンが暴走していれば、俺も死んでいたかもしれん……」


 あぁ、そう言えばそうだったなぁと思う。

 私はナディア様とアニーさんの事しか考えていなかったけれど、ノートンが少し乱暴にジュンを止めたのは、ジュニアスのためだったんだろうなぁ。


「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」


「なんだ?」


「あのジュンって女の事、どう思ってるの? すごく危険な女だって、思っていないの? はっきり言うけど、あの女、おかしいよ?」


 私がそう言うと、そうかもしれんな、とジュニアスは頷いた。


「だが、欲しい物は何が何でも、どんな手を使っても手に入れるという姿勢は、俺に、そして俺の母に似ていてな、俺はジュンのそういうところを、気に入っている」


「あ、そうなんだ……」


 ジュンが似ているという事は、ジュニアスも彼のお母さんも、ジュンのような性格というわけか。

 恐ろしい三人組である。

 だけど、そんな人たちばかりで、上手くやっていけるのかな?

 譲り合いとか、できないんじゃないの?

 ちらりとそんな事を思ったけれど、どうでもいいかと思い直した。

 私はジュンのような人間とは、一緒に居たくないから、つまり、ジュニアスとも一緒に居たくない。


「おい、ジュンの事だが、なるべく何もしないように、こちらでも気を付けるが、お前の方もジュンを挑発するなよ。大人しくしておけ」


「はいはい」


 適当に返事をした私に、ジュニアスはため息をつく。


「殺されたくなければ、大人しくしておけと言っているんだ。俺は、矛と盾、二人の聖女を、どちらも失いたくないんだ。お前たちの力を使って、この国が、いや、俺が、この世界の王……ルリアルークの王になるのだ」


「は?」


 何言ってんだ、こいつ……という目で、私はジュニアスを見てしまった。

 この男は、私がその手伝いをすると思っているのだろうか。

 絶対に、嫌だ。手伝いたくない! 絶対にだ!


「おい、大人しく言う事を聞いておいた方がいいぞ。死にたくなければ、な」


 私が考えている事がわかったのか、ジュニアスがニヤリと笑う。


「そうでないと、ジュンの望むようにさせてしまうかもしれんぞ。俺は、そうはしたくはないのだがな」


 ジュニアスはそう言うと、私の前から立ち去った。

 つまりあの男は、言う事を聞かなければ、私が盾の聖女だろうが何だろうが、殺して捨ててしまおうとしているわけだよね。

 こんな事を聞いたら、ますます協力なんかしたくないし、ここから早く出て行きたいと私は思った。

 だけど、どうやったらここから出ていけるのだろう?

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