第30話・オブルリヒトの王


「おい、部屋から出るなよ」


 部屋の外には私を見張っている兵士が居るから、私を部屋へと戻そうとするのだけれど、私は兵士を無視して部屋を出た。

 以前の太っていた私ならともかく、今の私には乱暴な事ができないのだろう、兵士はぶつぶつと小言を言いながらも、私の後をついてくる。


「おい、ジュン様と会ったら、どうする気なんだ」


 と言われ、思わず笑ってしまった。

 兵士の言葉は、ジュンが私を襲う事が前提になっているものだ。

 彼は、ジュニアスやノートンから、私とジュンを会わせるなという命令を受けているのかもしれない。


 王宮の中庭へと足を向けると、褐色の肌に銀髪、金色の瞳という、ユーリと全く同じ色を持った男性と、白い肌に黒髪、赤い瞳をした美女の姿を見かけた。

 二人の方も、私に気付いたようだったが、美女の方は侍女と思われる数人の女性と共に、すぐに立ち去ってしまい、男性だけが残された。

 男性は私のそばに居た兵士も含めて人払いをすると、私の方へと歩いてきた。


「盾の聖女だな。ジュニアスの言った通り、見違えたよ。さすが聖女だ。美しい……」


「あ……ありがとう、ございます……」


 男性の年齢は、多分、五十歳前後で、以前の私と似たような年齢だろう。

 ユーリに良く似たこの男性は、おそらくユーリとジュニアスの父親である、オブルリヒト王国の王様だ。


「私は、フェルゼン・オブルリヒト……この国の王であり、ユリアナの父親だ。盾の聖女よ、ユリアナの呪いの毒を消してくれて、ありがとう……」


 王様はそう言うと、私に頭を下げた。

 王様が頭を下げるなんて、と私は思ったけど、王様はこのために先程人払いをしたのかもしれない。


「ユリアナも、アルバトスの事も、もう諦めなくてはと思っていた……。本当にありがとう……。アルバトスはユリアナの母の双子の兄でね、母を失ったユリアナを育ててくれた恩人なんだ」


 王様はそう言うと、ユーリとアルバトスさんの事を、私に教えてくれた。


「ユリアナの母は、水の精霊のような綺麗な人でね、私は彼女に一目で恋をして……彼女を妻にしたんだ。だけど……」


 ユーリのお母さんは、ユーリを産んだ後、儚く亡くなってしまったのだそうだ。

 そして、ユーリのお母さんを心から愛していた王様は、ユーリのお母さんが死んだのはユーリを産んだせいだと思ってしまったらしい。

 だからユーリを自分の元で育てずに、アルバトスさんに託したのだという。


「だけど、冷静になってみると、とても後悔したよ。ユリアナは愛した妻が命がけで産んだ宝だというのに、私は何てことをしたのだろうと……。だからすぐにユリアナを自分の元に引き取ろうとしたのだけれど、できなかった。ユリアナが生まれる前に、二人目の妻が生んだジュニアスの世話で、みんな手一杯だったんだ……」


 だから、結局王様はユーリを引き取る事ができずに、ユーリはアルバトスさんの元で育てられたのだそうだ。

 王様は自分がユーリを引き取る事ができなかったから、そのせいでユーリとの間に溝ができてしまっていると思っているらしい。


「この手でユリアナを育てる事はできなかったけれど、私はユリアナを愛している……。だから本当にありがとう」


 王様はそう締めくくって、もう一度私に頭を下げた。


 王様は、ユーリを本当に愛しているんだな、と思った。

 だけど、少し言い訳っぽいかなとも思う。

 まぁ、王様という立場から、上手くいく事も上手くいかない事もあるのかもしれないけど。

 ユーリはアルバトスさんの元で、自由にのびのびと育ったようだから、王宮はあまり好きではないようだし、王様が溝を感じるのも仕方がないかもしれない。


「君には、本当にいくら感謝しても足りない……。何か望みがあるなら、できる限り叶えよう。何かあるかい?」


 王様の言葉に、あります、と私は答えた。

 私の今の望みは、ただ一つだった。


「じゃあ、ユーリに……ユリアナ王女に会わせてください!」


 今の話の流れから、絶対に叶えられるものと私は思っていた。

 だけど、王様は少し困ったような表情になり、ため息をつく。


「私としては、会わせてやりたいのだが……ジュニアスが拒むだろうね」


「どうしてですか?」


「ユリアナは、君を聖女と知りながら、元の世界へ戻そうとしていたからだ……」


「え?」


「もちろん、君の同意もなく、私たちが君たちを無理矢理召喚したのだから、非はこちらにあるのだが、この世界には今、聖女が必要だからね」


「どういう事ですか?」


 尋ねると、王様は今のこの異世界ルリアルークについて教えてくれた。


 このルリアルークという世界には、年々魔物たちが増え続けているらしい。

 さらに、高い知能を持ち、その魔物たちを束ね、人の住む世界を侵略しようとする魔人や、その魔人たちを束ねる魔王の存在も確認されているのだという。

 この件に関しては、各国で協力して、魔王や魔人、魔物の討伐を行う事になっているらしいが、なかなか上手くいかない。

 だから、魔に対して特別な力を持つ聖女という存在を必要としたらしい。


「今回の召喚で、聖女は二人、この世界へと来てくれた。矛の聖女は魔物たちの討伐や、魔王軍との戦いを、盾の聖女には国の守りを、と我らは考えているのだ。なのにユリアナは、君を元の世界に戻そうとしていた。ジュニアスは、これは国家反逆罪だと言っていてね……」


 王様の話を聞いて、この世界に危機が訪れていて、聖女が必要だという意味が、なんとなく理解できた。

 だけど、自分たちの都合で私を巻き込んでおきながら、聖女という役目を押し付けようとしているところは、ある意味勝手だと思う。

 王様のユーリへの愛情は本物だとは思うけれど、王族というのは勝手な考え方をするものなのだろうか?

 それともこの考え方は、世界を、国を思っての考え方なのだろうか?


 だけど、王様はさっき、盾の聖女は世界を守る、ではなく、国を守る、と言っていた。

 それって、自分の国さえ無事なら、他国はどうでもいいというようにも受け取れる。

 そして、それなら、自分の国を守るために、このオブルリヒト王国へと嫁いできたナディア様の献身は、どうなるのか。

 私は、ナディア様が報われないように感じた。

 ユーリへの想いを聞いて、少しだけ心がぐらついたけれど、王様の考えを聞いて、私はこの国のために力を使いたくないと思う。


「では、ユーリのところにある、私に荷物を、私に返してくれませんか? あの中に入っている財布の中に、私の両親との思い出が入っているのです」


 財布の中には、私が子供の時に両親と撮った写真が入れてある。

 元の世界での大切な思い出を返してほしいというと、わかった、と王様は頷いてくれた。


「あと一つ、お聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」


「何だね?」


「あの、王様は、矛の聖女のジュンさんを、どう思ってらっしゃるのですか? 少し言動が危険な方のように思うのですが……」


 ジュンの言動が危険なのは少しどころではなかったけれど、私は控えめに王様に聞いてみた。

 王様は私の問いを聞いて苦笑したが、確かに、と頷いた。


「確かに、行き過ぎた言動をされる方ではある……。だが、要望というものは、ある意味原動力でもある。強い意志を持った方なのだという見方もできるのだ」


 私は耳を疑った。

 王様を前に、「はぁ?」とか言わなかった自分を褒め称えたい。

 私が王様なら、あんな危険でしかない女、即処分である。


「そうなのですね、ありがとうございました」


 あり得ない、頭おかしいんじゃないの?

 そんな事を思いながら、問いに答えてもらった事へのお礼を言って、私はやはりこの国のために力を使いたくないって、そう思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る