第29話・前向きに、前向きに


 オブルリヒト王宮生活、二日目の朝――私は、あまり眠れなかった。

 まぁ、五日間も眠っていたらしいので、そのせいかもしれないのだけど、眠れなかった原因としては、いくつもの心配事のせいだと思うんだよね。


 自分の事、ユーリたちの事、ナディア様の事、ジュンの事……。


 こうして考えると、全ての元凶は、ジュンなのではないかと思う。

 だって、私にしろ、ナディア様にしろ、あの女が危害を加えようとするのが原因だからだ。


 夜、眠っているところを襲われるのではないか?

 食事に毒を入れられるのではないか?

 誰かを操って、私を襲わせようとするのではないか?


 ジュンは私を殺せば、盾の聖女の力、つまり回復や防御魔法を手に入れ、自分がジュニアスやオブルリヒト王国の望む聖女になれると思っているようで、本気で私を殺そうとしてくる。

 まぁ、私を殺そうとする理由は、他にもあるのだと思うけど。


 彼女は、自分の前世――元の世界での自分がどんな人間だったか、知られたくないのだろうと思う。

 外見も、内面も、あまり良い人間だったとは言えないだろうから。

 なので、私を殺して口封じしたいのではないかと思っているんだけど……多分、この考えは合っているのではないかと思う。


 ジュニアスやノートンは、自分たちは、矛と盾の二人の聖女を揃えておきたいから、手出しをさせないって言ってはいるけれど、彼らの話を素直に信じる事はできなかったし、あいつらに頼りたくない。


 ナディア様の事は心配ではあるけれど、ナディア様にはアニーさんが居る。

 だから、まずは自分の事を考えるとして――私は早くここから出て行きたかった。


 だけど、どうやって逃げたらいいのか。逃げてどこに行けばいいのか、わからない。

 ユーリたちの元に戻りたいけれど、そうすると彼らの迷惑になるのではないかと、いろいろと考えてしまう。

 それに、彼らは今の私を受け入れてくれるのだろうか。

 私に関わってしまったばっかりに、面倒な事に巻き込まれたと思っているのではないだろうか。

 私のせいで、怪我をしてしまったと思っているのではないだろうか。


 短い間だったけど、アルバトスさんの家でみんなと暮らしたの、楽しかったなぁ。

 あの家に戻りたい……みんなの元に戻りたい……。






「オリエ様、おはようございます。アニーです」


 ノック音の後、アニーさんの声が聞こえ、私はドアへと目を向けた。


「オリエ様、失礼しますね。朝食は食べられそうですか?」


「アニーさんっ!」


 配膳ワゴンを押して、アニーさんが部屋に入って来る。

 私はベッドを降りて、アニーさんへと駆け寄った。

 アニーさんは私の格好を見ると、苦笑する。


「オリエ様、まだそんな恰好をしているのですか?」


「えへへ、ごめんなさい」


 私はまだ寝衣のままで、しかも、アニーさんが来るまでは、ベッドでごろごろもしていた。

 アニーさんは早起きをしてごはんを作って、忙しく働いていたのに、だ。


「オリエ様、昨日は助けていただき、ありがとうございました」


 アニーさんはぺこりとお辞儀をして、私にお礼を言った。

 私は何の事だろうと少し考えて、ジュンがナディア様の部屋の前で暴れた時の事だと思い出す。


「アニーさん……あのジュンって人のああいうの、良くある事なんですか?」


「いえ、今まではそうでもなかったのですが……。昨日の事で、今後は気を付けなければいけないと、改めて思いました……」


 今までは、大人しいナディア様を睨んだり、大声で悪口を言ったり、ジュニアスとの仲を見せつけたり、という事が主だったらしい。

 ナディア様もアニーさんも、ジュンが明らかにナディア様に敵意を持っていたのを、感じ取っていたのだと言う。

 だけど、まさか直接手を下そうとする事はないだろうと思っていたらしい。


「あの方は何をするかわからない……本当に、気を付けます」


「うん、そうした方がいいと思う。ところで……」


 ナディア様は大丈夫だったかと問うと、アニーさんは少し困ったような表情で私を見つめたが、こくりと小さく頷いた。

 ナディア様は軽めの食事を終えて、今はお眠りになっているらしい。


「あのジュンという人が、オリエさんの事も狙っているようだと、ナディア様にお伝えしたのです。そうしたら、とても心配されて……。食事に毒でも入れられたら大変だからと……」


「ありがとう、ナディア様、アニーさん……」


 私は、ナディア様とアニーさんの心遣いに感謝した。

 それからアニーさんは、私が食事を終えると、また昼に来るからと言って、ナディア様の元へと戻り、私は今の自分にできる事をしようと前向きな気持ちになって、ワードローブに入っている服の中で、一番動きやすそうなシンプルなワンピースに着替え、部屋を出た。

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