第120話・サーチートの憂鬱
「オリエちゃん、ユリウスくん、あのね、ぼく、お願いがあるんだ」
サーチートがそう言い出したのは、冒険者ギルドを出てすぐの事だった。
「何? どうしたの?」
サーチートはとても真剣な表情で、私とユリウスを見つめる。
「あのね、ぼく、一度、アルバトス先生の所に戻りたいんだ……相談したい事があって……」
「え? そうなの?」
相談したい事って何だろう?
サーチートはとても思い詰めているようだった。
ユリウスに視線を向けると、彼は、うん、と頷いた。
「わかった。じゃあ、戻ろう。その前に……申し訳ないが、マルコルから頼まれている買い物だけ済ませる時間をもらえるかな?」
「うん、いいよ。ありがとう、ユリウスくん」
サーチートは、少し安心したように笑い、頷く。
「サーチート、思い詰めているようだけど、どうしたの? 私たちには言えない事? アルバトスさんじゃないと駄目? 頼りにならないかなぁ?」
優しく問いかけると、サーチートは私とユリウスを見上げ、一生懸命首を横に振った。
「頼りにならないわけじゃないんだよ? あのね、アルバトス先生には、さっきぼくがゴブリンを引き寄せちゃった事を、相談したかったんだ!」
サーチートがゴブリンを引き寄せちゃった事――ゴブリンホイホイの事か!
「ネーデの森から離れたら、ゴブリンは追いかけて来なかったけれど、どうしてぼくがゴブリンホイホイなんてスキルを発動したのかわからないし、これからもゴブリンを引き寄せちゃったら困るでしょ? だから、アルバトス先生に相談したかったんだよ」
「そっかぁ」
「それにね、シルヴィーク村は、オリエちゃんが張ってくれた結界に守られているから、ゴブリンたちは入って来れないけれど、例えばスモル村とか……ぼくが居たからゴブリンが村の中まで入って来たりしたらと思うと、心配になっちゃったんだよ」
優しいサーチートは、スモル村の子供たちの事が心配になってしまったらしい。
私たちはマルコルさんに頼まれていた買い物を大急ぎで済ませると、商都ビジードの四つある門の内、今居る場所に一番近い門から街の外に出て、周りに人気がない事を確認して、シルヴィーク村の結界外の森へとテレポートした。
「おや、もう戻って来たのですか?」
家に戻ると、アルバトスさんは驚きながら私たちを出迎えてくれた。
「しばらく商都ビジードに居るのかと思っていましたよ。何かありましたか? おや? サーチートくん、どうしたんですか? 元気がありませんねぇ?」
アルバトスさんが腕を伸ばしてきたので、私は抱っこしていたサーチートの体を、アルバトスさんに渡した。
「どうしました? 何か困った事でもありましたか?」
アルバトスさんに優しく問いかけられて、サーチートはこくんと小さく頷いた。
そして……。
「アルバトス先生、ぼく、ゴブリンホイホイのスキルを発動しちゃったんだ……どうしたらいいの?」
と言ったサーチートに、
「ゴブリンホイホイ? なんですか、それ」
アルバトスさんは不思議そうに首を傾げた。
「えーっと、ゴブリンホイホイって、スキルみたいなんですけど……アルバトスさんでも知らないんですか?」
「えぇ、初めて聞きました。だけど……その名前から察すると、ゴブリンを引き寄せてしまうっていう感じのものですか?」
「はい、正解です。ネーデの森でゴブリンに追いかけられていたサーチートを鑑定したら、そう書いてあって……ちなみにユリウスは、ゴブリンキラーって書いてありました」
「ゴブリンキラーは聞いた事あるんですけど……ゴブリンホイホイは、聞いた事ないですね。ゴブリンを引き寄せてしまうなんて、なんとも面倒なスキルですねぇ」
「ア、アルバトス先生っ……」
アルバトスさんの言葉を聞いて、サーチートはとてもショックを受けたようだった。
そりゃそうだよね。サーチートはアルバトスさんなら何とかしてくれるって思っていたんだもん。
そのアルバトスさんが、ゴブリンホイホイを知らないなんて、全く思っていなかっただろう。
「ぼ、ぼくはどうしたら……ぼく、これからずっと、ゴブリンに追いかけられちゃうの? シルヴィーク村の外に出たら、ずっとゴブリンに怯えなきゃいけないの?」
「いいえ、それは大丈夫だと思いますよ」
小さな黒い目を潤ませたサーチートに、アルバトスさんは首を横に振り、言った。
アルバトスさんの目は金色になっていて、どうやらサーチートを鑑定しているらしい。
「今のサーチートくんは、ゴブリンホイホイなんてスキルを発動していません。ユリウスも、今はゴブリンキラーを発動していません。こういったスキルの発動には、条件があるんですよ。例えば、ゴブリンが近くに居るという条件です。今ゴブリンが近くに居たなら、ユリウスはゴブリンキラーのスキルが発動するでしょう。だけど私は、サーチートくんの場合は、それだけではないと思うんです」
「え?」
何だろう、とサーチートが首を傾げる。
私も同じように考えて、サーチートを追いかけ回すゴブリンを鑑定した時の事を思い出した。
あの時のゴブリンは興奮状態で、小動物のキンキン声が気に障っていると表示されていた。
「ゴブリンは、サーチートの声が気に障っちゃうらしいです。ゴブリンを鑑定した時に、そう表示されていました!」
だから、サーチートの声に反応するんだと思って、ネーデの森では喋らないようにしてもらっていたのだ。
「あぁ、そうだ。じゃあ、ぼくはシルヴィーク村を出たら、ずっとお喋りを我慢しなくちゃいけないのかなぁ?」
お喋りしたいよー、と叫ぶサーチートをアルバトスさんは優しく見つめ、首を横に振る。
「これは私の推測なのですが、サーチートくんのゴブリンホイホイというスキルは、スキルと表示されていても、状態異常に近いものではないかと考えられます。ですから、もしもまたゴブリンホイホイが発動したとしても、オリエさんにリカバーをかけてもらえば大丈夫ではないかと……」
「え? 本当に?」
「えぇ。おそらく大丈夫だと思います」
「ありがとう、オリエちゃん! 大好きだよ!」
目をキラキラと輝かせて、サーチートが私を見つめる。
本当にリカバーでいいの?
あまりにも簡単に解決策が見つかって拍子抜けしたけれど、思い詰めていたサーチートが笑顔になったから、良かったよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます