第3話・救世主現る?


 一体この仮面の女性は、誰なのだろう?

 彼女は私にとって、救世主なのか、それともさらなる悪者であるのか。

 そのどちらなのかはわからないけれど、とりあえずこの仮面の女性は、私を殺そうとしていた兵士たちよりも、立場が上の人間らしかった。

 彼女の隣には、彼女と同じような仮面をつけ、馬に跨った男性が居る。


「ユリアナ、様……」


 震えた声で、兵士の一人が名前を呟いた。どうやら、ユリアナ、というのが彼女の名前らしい。

 私は彼女の姿を見つめた。

 露出の少ない服を着ているけれど、かすかに開いた首から見えた肌は、褐色だった。

 それに髪の毛は眩しい銀髪で、私はこの色を纏った人を思い出して、目を見開いた。

 褐色の肌に銀髪って、これで瞳の色が金色だったら、オルブリヒトの王様と同じ色だ。

 という事は、この女性は王族という事になるんじゃないの?


「あなた、誰!」


オルブリヒトの王族かもしれないと思い、私はそれを確かめるために口を開いた。

 だって、私が先ほど殺されそうになっているのは、オルブリヒトの王子のせいなのだから。


「ば、馬鹿女! この方は、オルブリヒト王国の第一王女、ユリアナ王女だ! 頭が高いぞ!」


 兵士の一人が振り返ってそう言うと、頭を掴んで地面に押し付けた。だけど、


「おい、やめろ! 乱暴をするな!」


 と、ユリアナ王女が叫ぶ。

 私を押さえつけていた兵士は、はいっ、と叫ぶと、すぐに私の頭から手を退けた。


「ねぇ、大丈夫、ですか?」


 ユリアナ王女の隣に居た男性が、馬から降りて私たちに近寄ってきた。

 この人は、肌の色は私と似たような普通の肌色で、水色の髪をしている。

 体が震えてしまったのは、この仮面を付けた王女と男性の事が信じられなかったからだ。

 私はこれからどうなるのだろう?


「女性の体を斬り付けるなんて、ひどいですね。今、治してあげますからね」


 え? と驚いている間に、男性が私の背中に手を伸ばした。

 それから、ヒール、と彼の声が聞こえて、兵士に斬りつけられた背中から、痛みがなくなっていく。


「え? 魔法?」


「えぇ、そうですよ。回復魔法のヒールをかけています。どうですか? まだ痛みますか?」


「もう痛くなくなりました。あの、ありがとうございます」


「そうですか、それは、良かったです」


 私に回復魔法をかけてくれた男性は、頷いた。

 顔全体を覆っている仮面のせいで、彼がどんな表情をしているのかはわからないけれど、声の感じから、とても優しい人のように感じる。

 王女様の方も、兵士たちに私に乱暴するなって言ってくれている。

 じゃあ、この人たちは私にとって味方なのだろうか。

 まぁ、仮面のせいでどんな表情をしているのかわからないし、怪しくもあるんだけど、それでも、私を殺そうとしていた兵士たちよりも、この仮面の王女様たちの方が、今は信じられるような気がした。


「あの、この子の傷も、治してあげてくれませんか?」


「はい、いいですよ。でも……あの、この子は一体、何なのでしょう?」


 サーチートを治してもらおうと、回復魔法のヒールをかけてくれた男性へと見せると、彼は首を傾げた。

 確かにサーチートは何者なのだろうと、私も腕に抱いたハリネズミのぬいぐるみへと視線を落とす。

 この子は、元はスマホケースのぬいぐるみだ。

 それが、先ほど兵士たちに立ち向かっていった時には、本物のハリネズミのように鋭い針を体に纏っていた。

 今は、斬りつけられて怪我を負い、赤い血を流しているけれど、抱いている私が感じているのは、柔らかな布の感触だ。

 今のこの子を治すには、どうしたらいいんだろう?

 ヒールじゃダメなのかな?

 それとも、針と糸でチクチクと縫うべきなのだろうか。

 ソーイングセットって、確か化粧ポーチの中に入れていたような気がする。


「アルバトス様、それは針を纏った恐ろしい魔物です! 近づいてはいけません! その女は、魔物使いです!」


「魔物使い? 何なのよ、それは! この子は私を守ってくれただけです! その人たちが、私を殺そうとしたから! この子はただの、スマホケースのぬいぐるみです!」


「ぬいぐるみ? そんなはずない! ぬいぐるみが勝手に動いて襲いかかってくるはずないだろう! 見てください、ユリアナ様、アルバトス様、俺たちのこの顔の傷は、そいつの針にやられたんです! そいつは危険な魔物で、その豚女は、魔物を操る魔物使いです!」


 兵士たちが、顔の傷をユリアナ王女とアルバトスと呼ばれた男性に見せる。

 それを見て少し戸惑いながら、アルバトスさんというらしい男性が、サーチートへと手を伸ばす。

 だけどサーチートは警戒したのだろう、その手を拒んで払いのけてしまった。


「サーチート!」


 今、アルバトスさんの手を払いのけてしまった事で、ユリアナ王女やアルバトスさんは、兵士たちの言葉を信じてしまうのかもしれない。

 だとしたら、私はともかく、サーチートは彼らに殺されてしまうかもしれない。

 私はまたサーチートを抱きしめて、蹲った。

 この子を助けてあげるにはどうしたらいいだろう?

 私にも、回復魔法が使えたらいいのに。


「ヒール……」


 サーチートを抱きしめたまま、私は小さく回復魔法の呪文を唱えた。

 回復魔法がヒールっていうのは、もはやお約束みたいなものよね。


「ヒール、ヒール、ヒール……」


 小さな声で、抱きしめたサーチートにしか聞こえないくらい小さな声で、何度も呪文を唱えた。

 すると、何かが私の胸をぺちぺちと叩いて、


「オリエちゃん」


 という声が聞こえた。

 そっと腕の中のサーチートを覗き込むと、サーチートが私を見上げていた。

 血で赤く染まっていた体は綺麗になっている。

 大丈夫かと声をかけると、サーチートはこくんと頷いて、治してくれてありがとう、と嬉しそうに笑った。


「良かった……」


 サーチートが死んでしまったらどうしようかと思った。

 だって、多分サーチートだけが、私を心から心配してくれる、この世界での味方だ。

 だから、サーチートが私を守ろうとしてくれたみたいに、私もサーチートを守ってあげないと。


「この女、魔物を治しやがった! 怪しいやつめ!」


「ユリアナ様、アルバトス様、お下がりください!」


「こいつら、始末します!」


 私がサーチートを治した事に気づくと、兵士たちが再び剣を向けてきた。

 私は立ち上がり、サーチートの体をぎゅっと抱きしめる。


「オリエちゃん、ぼく、戦うよ! オリエちゃんは僕が絶対に守ってあげるから、大丈夫だよ!」


 サーチートが私の腕の中で、もぞもぞと動いた。

 兵士たちが私に危害を加えようとしている今、またアレを……チクチクアタックとかいう体当たりをやるつもりなのかもしれない。

 今のこの状況、どう考えたらいいだろう。

 兵士たちは、もう完全に私とサーチートを始末する気でいるようだ。

 ユリアナ王女とアルバトスさんはどうだろう?

 もしもユリアナ王女とアルバトスさんが兵士と同じように私を始末しようとしたら、どうすればいいだろう?

 サーチートがチクチクアタックで物理攻撃をしている間に、私は魔法で応戦すればいいだろうか。

 さっき、私はヒールの魔法を使う事ができた。

 回復魔法は、ヒールだった。

 これ、異世界もののラノベとかでの魔法では、お約束のようなものだ。

 それなら、炎の呪文はファイアナントカとかを叫んだら、火の玉だの火の矢などが出てくるのではないだろうか。

 ダメで元々、出来たら儲けって事で、試してみる価値はあるかもしれない。

 よし、いっちょ試してみるか、と決意した私が、身構えた時だった。


「だから、やめろと言っているんだ!」


 ユリアナ王女が怒鳴るように叫び、驚いた兵士たちはそれぞれ剣を落とし、私はサーチートを落っことした。



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