第2話・ハリネズミの騎士



「サーチートなの? なんで? 本当に?」


 スマホケースのハリネズミのぬいぐるみは、動いて喋っている。

 そんな事はありえないと思いながらも、サーチートは私の前で短い手足をバタバタさせながら、歌い踊っていた。


「オリエちゃんのピンチに、助けにきったんだよっ! だってぼくは、オリエちゃんを守る、騎士なのさっ」


「ぶぶっ!」


 ドヤ顔で歌われて、思わず笑ってしまった。

 さっき、殺されそうになっていたというのに。


「オリエちゃーん、笑うなんて、ひどいようー」


「あ、ごめんごめん、ありがとうね、サーチート!」


 手を差し伸べて抱き上げるとふわふわで、ぬいぐるみの柔らかな感触に、少し落ち着いた。

 ぬいぐるみのサーチートが動いて話すなんて、不思議な事もあるもんだ。

 でも、一体何があったのだろうか。

 兵士たちへと目を向けると、彼らはそれぞれ顔に針を突き刺し、血を流しながら、私を――正確には私が抱いているハリネズミのぬいぐるみを睨みつけていた。


「ちょっと、サーチート、一体何があったの?」


「それはね、こうしたんだよ! チクチクアターック!」


 私の腕の中から、サーチートが飛び出していく。

 ふわふわのぬいぐるみの体は、彼の雄叫びと共に鋭い針を纏い、兵士たちへ体当たりした。

 さっき私が抱っこした時は柔らかかったのに、一体どうなっているんだろう?

 不思議で堪らなかったが、私はもう深く考えない事にした。

 この世界は、きっと不思議だなぁで片づける事が出来る世界なのだ。


「うわあっ!」


「ぎゃあっ!」


「くそ、なんなんだ、こいつは!」


 サーチート曰く、チクチクアタックを受けた兵士たちは、またむき出しの顔を鋭い針に刺されたらしい。

 鎧を纏っていないむき出しの部分に攻撃するなんて、サーチートもなかなかワルよのう、なんて思っていたんだけど、運の悪い事に、兵士の一人が怒りに任せて振り回していた剣に当たってしまい、ぼとりと兵士の足元へと落下してしまった。


「このやろうっ! うわっ!」


 足元に転がったサーチートを、兵士の一人が踏みつけようとしたけれど、サーチートの鋭い針がその足を貫いた。


「サーチート、すごいね!」


 と思わず声をかけると、サーチートは顔を上げてものすごく嬉しそうにドヤ顔をした。

 あ、この子、絶対にお調子者だ。


「なんなんだ、その針は! ならば、これでどうだ!」


「くらえ、この針の獣めっ!」


 残りの二人の兵士が、サーチートに向かって剣を振り上げる。

 サーチートはさらに針を鋭く立てたが、兵士の剣は針の隙間を通り抜けてサーチートの体を傷つけた。

 サーチートの体から、赤い血が流れる。

 え? この子ぬいぐるみのはずなのに、どうして?

 でも、ここは不思議な世界なのだ。

 ぬいぐるみだって、血の通った肉体を持つ事もあるのかもしれない。

 傷付けられたサーチートは、う、と呻いて体を丸め、針のボールみたいになった。

 だけど、針のボールでも兵士たちの攻撃を防げるわけではなかった。


「やめてよ、この子に乱暴しないで!」


 私はサーチートに剣を振り下ろす兵士たちに体当たりすると、サーチートに覆いかぶさって抱きしめた。

 私が抱きしめた瞬間、サーチートの体は、ふわふわの触り心地のよいぬいぐるみに変わる。

 それはまるで、針で私を傷付けないようにしてくれているようだった。

 なんて健気で優しい子なんだろうと、私は感動した。

 抱きしめた小さな体からは、温もりを感じる。

 血だって、どくどくと流れている。

 今のサーチートは、生きている……だけど、ものすごく重傷だ。


「お金ならあげる! だからもう、私たちに構わず、どっかに行ってよ! ひどい事をしないで!」


「何言ってるんだ、俺たちの目的は、お前を殺す事なんだぞ?」


 兵士の一人に笑いながら言われ、思い出した。

 確かにそうだ。私はこの兵士たちに殺されそうになっていたんだ。

 そして、そこでサーチートが助けてくれたのだった。

 という事は、今の私のこの状況って、トンビに油揚げをさあどうぞと差し出しているようなものではないか。


「この醜い馬鹿女め、死ねえ!」


「きゃああっ!」


 多分、兵士が剣を振り下ろしたのだろう、背中に痛みが走った。

 斬りつけられたところが、とても熱い。痛い。こんなの、初めてだ。


「何してるの、オリエちゃん! ぼくなら大丈夫だから、オリエちゃんは逃げてよ!」


 抱きしめたサーチートが叫んだけど、そんな事できるはずなかったし、斬られた背中が痛くて、もう動けなかった。

 だから、ただただ強く、サーチートを抱きしめる。

 あぁ、私の人生、ここで終わっちゃうのかな、なんて思った。

 普通に……平々凡々と暮らしてきて、これからもずっとそうやって暮らしていくんだと思っていた。

 それが、突然異世界に飛ばされて、元の世界では死んでしまって、だからこの異世界で暮らしていくしかないって事になって、そうしたら今度はこの世界で殺されそうになって……いや、もう本当に殺されてしまうんだろうなぁ。

 そう思ったら、すごく虚しくなってしまった。

 どうしてこうなったのだろう。

 私がこの異世界で死んでしまうのは、一緒に異世界に来たあの女の子のように、若く綺麗でなかったからなのだろうか。

 でも……あの女の子の着ていた服って、どこか見覚えがあるんだけど。

 そして、あの服を着ていた人は、あんなに若くて綺麗な子じゃなかったんだけどなぁ……。


「おい、もう、さっさと終わらせて、帰って一杯やろうぜ」


「あぁ、そうだな。さっさとやっちまうか」


「そうだな、じゃあ、この豚女、さっさと死ねえっ!」


 豚女とか! 確かに私は太っているし綺麗じゃないけど、そこまでハッキリ言うかな!

 どこの世界も、太っちょでブスな女の立場は弱いんだなとか、これから死ぬというのに、私はそんな事を考えていた。

 今度生まれ変わったら、めちゃくちゃ綺麗で可愛い女の子になりたい。

 そんな事を思いながら、私は自分の命を奪うであろう衝撃に備える。

 だけど、それはなかなか来ずに、


「ねえ、いつからオルブリヒトの兵士は、集団で女性をいたぶるような事をするようになったのかな?」


 という、誰かの声が聞こえた。

 一体誰だろう? この声の主が、兵士を止めたのかな?

 私が背中の痛みを堪えながらゆっくりと顔を上げると、私を取り囲んでいたはずの兵士たちは、馬上にいる仮面を付けた女性を見上げ、ガタガタと震えていた。

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