第4話・仮面の下の素顔
「彼女の身柄は、私が預かる。これは、父上と兄上にも了承済の話だ。だから、お前たちは彼女から取り上げた物を速やかに返却し、帰れ」
ユリアナ王女が兵士たちにそう言うと、兵士たちはもう何も言う事が出来なかったのだろう、大人しく頷いて私から取り上げた革袋を返してくれた。
それから、馬車を置いていけと言われた彼らは、森の中をとぼとぼと歩いて帰っていく。
兵士たちの姿が見えなくなるまで見送った後、
「さぁて」
と言い、ユリアナ王女は私とサーチートを見つめた。
「間に合って良かったよ。王宮に行ったら君の事を聞いて、伯父上と急いで追いかけてきたんだ」
「私を? どうしてですか?」
「どうしてって……君に、興味があったからかな」
「え?」
私は驚いた。だって、醜い豚女とか散々な事を言われ、どうでもいい存在、むしろ迷惑な存在として殺されそうになった私だ。
こんな私に、どうしてユリアナ王女は興味があるなんて言うんだろう。
「一体、何が不思議なんだい? 君は異世界から来た、客人じゃないか。元居た世界の話を聞いてみたいと思ったし、それに、君はオルブリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれた被害者でもある。出来るだけの事をしてあげたいって思ったんだ」
私はさらに驚いた。
これが本当ならとてもありがたい話ではあるけれど、今までの事から、私はユリアナ王女の言葉を素直に受け取る事が出来なかった。
何か裏があるのではないかと、疑ってしまう。
「若く美しい女が聖女……そんな噂を耳にしてから、聖女と言われている女性と共に召喚された、もう一人はどうなったのだろうと心配したんだ。話を聞くと、王宮から放り出したと兄は言った。お金と住む場所は用意したと言っていたけれど、それもどこまで信じられる事か。実際、兄は君を……」
多分ユリアナ王女は、始末しようとした、という言葉を飲み込んだのだと思う。
それが、私を慮ったのか、彼女の真意を隠すためのものか、どちらなのかはわからない。
ユリアナ王女は私を心配していたと言ってくれたけれど、私はやっぱり彼女たちを信じ切る事ができなかった。
「私の言葉、信じてもらえないかな」
なんて答えようか。暫し考えた後、私はユリアナ王女に頷いた。
「ごめんなさい……。でも、私はこの国の王子に騙されちゃったから……素直に信じる事はできません。それに……いくら王女様って言っても、仮面とかしてるの、怪しいし……」
こんな事を言ったら、怒っちゃうかもしれないと思ったけど、ユリアナ王女は特に怒るわけでもなく、納得したと頷いた。
「わかった。では、まず正式な謝罪をしよう。いや、自己紹介からかな。私の名前は、ユリアナ・オルブリヒト。オルブリヒト王国の、第一王女だ。君を騙した王子は、ジュニアスという第一王子で、彼は私の腹違いの兄にあたる。まずは、君を騙して亡き者にしようとした、愚兄の無礼を詫びよう。本当に申し訳なかった」
ユリアナ王女はそう言うと、私に向かって頭を下げた。
私は驚くばかりで、何も言えないまま彼女を見つめた。
「あと、そちらにいる男性は、私の伯父で、私の母の兄にあたる。名前は、アルバトス・フェルトン。私は母が亡くなった後、彼に育てられたんだ。今も、オルブリヒトの王宮ではなく、伯父と共に暮らしている。王宮での生活は、どうも窮屈でね。それから……」
ユリアナ王女は、仮面に手をかけた。それに倣うかのように、彼女の伯父であるアルバトスさんも、そっと仮面に手をかける。
「確かに、こんな仮面をつけていたら、怪しいよね。すまなかった」
「え?」
ユリアナ王女も、アルバトスさんも、顔全体を覆っていた仮面を取り除く。
仮面の下の、ユリアナ王女の褐色の肌と、アルバトスさんの白い肌には、青紫色の痣が浮かんでいた。
驚きのあまり、息を呑んだ私に、二人は苦笑する。
「驚かせてすまない。あまり見目の良いものではないので、外出する時には隠しているんだ。二ヶ月ほど前に、世話になっている村が、高レベルの魔物に襲われてしまってね。その時に、強い呪いがかけられた毒をくらってしまったんだ」
ユリアナ王女もアルバトスさんも、とても整った綺麗な顔立ちをしていた。
ユリアナ王女の瞳の色は、予想通り金色で、彼女はおそらく十代後半から二十代前半の若い女性だ。
伯父であるアルバトスさんの瞳の色は明るい緑色で、年はまだ四十代だろう。
そんな二人の綺麗な顔に、醜い青紫色の呪いの痣。
彼らは……特に女性であるユリアナ王女は、この痣を見られたくなかったのではないだろうか。
そう思った瞬間、私は二人に思い切り頭を下げていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「え? どうして君が謝るんだい? 君は何も悪くないんだよ?」
頭を何度も下げて謝る私に、二人は驚いているようだった。
頭を上げて二人の様子を見てみると、二人とも困ったような表情をして私を見ていた。
確かに、私は悪くないのかもしれない。
痣の事にしたって、私は知らなかった事だし、二人だってそんなに気にしていないのかもしれない。
でも、本当は気にしているけれど、私を気遣ってくれているのかもしれないと思うと、私は謝り続けずにはいられなかった。
多分、半ば呆れながら、
「君は優しい人だな」
と、ユリアナ王女が言った。
「ここに来る前――私たちは、我が国が召喚した、若く美しい聖女殿に会ってきたんだ。若く美しい聖女殿は、仮面を取った私たちの顔を見るなり、悲鳴を上げたよ。それから、自分にその汚らしい痣がうつったらどうする気だとわめきたて、愚兄の腕の中に隠れておしまいになったよ。この体にかけられた呪い、聖女殿なら治せるかと思っていたんだけどね、それ以前の問題だった」
ユリアナ王女はそう続け、疲れたように笑った。
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