第100話・ユリウスの買い物



「おじさん、この足、どうしたの?」


 そう言ったサーチートの体を優しく撫でると、ガレアスさんは左足が義足になった経緯を話してくれた。


「わしは鍛治師なんですが、三年前、仲間たちと材料である鉱石を取りに行こうとした時に、運悪く、ジャイアントポイズンスパイダーに遭遇しちまいましてね。ヤツの毒にやられちまったんですよ。その時、毒消しを持っていなくて、足が腐ってきましてね。生きるためには、切り落とすしか方法がなかったんですよ」


「オリエちゃん、ジャイアントポイズンスパイダーっていうのはね、ものすごく大きな蜘蛛の魔物なんだよ。猛毒を持っているんだ」


 小さな体で身振り手振りしながら、サーチートが可愛い声で教えてくれた。

 それを聞いたガレアスさんは、そうなんです、と頷く。


「蜘蛛の糸に絡まって、捕まっちまいましてね。喰われてしまった奴も居ました。わしも、死ぬかもしれないと覚悟をしましたよ。でも、その近くを偶然冒険者が通りかかりましてね、なんとか助かったってわけです。まぁ、足は切らなきゃいけない羽目になりましたがね」


 それでも命が助かったから幸運だったとガレアスさんは言った。

 奥の部屋に行ったソフィーさんも戻って来て、ガレアスさんの隣で頷いている。


「その時助けてくれた冒険者が、この店の店主でね、この人が左足を失って、仕事ができなくなって、路頭に迷いかけていた私たちの面倒まで見てくれたんだよ。それから、商都ビジードで店を開きたいから手伝ってほしいって言われてね……本当に、私たちが今こうしていられるのは、リュシオンさんのおかげだよ」


「え? ここは、お二人の店じゃないんですか?」


「いや、違うよ。わしらはここで、住み込みで雇ってもらっているんだ。この店の主は、リュシーさんっていう冒険者兼デザイナーだよ」


 この店は三階建てで、一階の部分は店舗と倉庫、作業場、二階はキッチンとトイレ、お風呂、ガレアスさんとソフィーさん夫妻の部屋、そして三階がこの店の主であるリュシーさんの部屋兼アトリエなのだという。

 冒険者でもあるリュシーさんが居るから、この店ではアイアンスパイダーという魔物から採れる鉄糸を、他の店よりもたくさん手に入れられるのだそうだ。


「リュシオンさんは今、出かけているんだよ。少し大変な仕事を引き受ける事になったから、しばらく忙しくて紹介できないかもしれないけど、このジャケットの直しと加工はわしとソフィーでできるから、安心してください」


「さ、お兄さん、この中から履ける物はあるかい?」


 ソフィーさんは奥から何本かズボンを持って来てくれた。

 ユリウスはそれを全部受け取ると、試着室へと入って行く。


「ソフィーさん、この青のズボンはちょうどいい。あと、グレーと深緑のと合わせて、買わせてもらうよ。サイズの調整と、鉄糸の加工、お願いできるかな」


 持ち込んだうちの青のズボンを穿いたユリウスが、試着室から出て来た。

 少し腰のあたりを詰めてもらえば、問題なく履けるらしい。

 この店では、普通の店には置いていないようなサイズの服を、わざと作っているのだそうだ。

 ユリウスが気に入る良い物が見つかったようで、良かった。


「はい、わかりましたよ。だけど、結構高くつくけど、大丈夫かい? 鉄糸の加工も、あのジャケットの直しも、結構値が張るんだよ。全部で……二万ルドになるんだけど……」


 少し申し訳なさそうに言ったソフィーさんに、ユリウスは構わないと言い、金貨を二十枚渡した。

 結構するなぁと思ったけれど、それだけアイアンスパイダーの鉄糸加工は価値があるものなのだろう。

 それからユリウスは店内を見回して、ロングソード一本とショートソード一本を購入し、追加代金として一万ルド支払っていた。


「じゃあ、一週間後、受け取りに来ますので、よろしくお願いします」


 ジャケットの直しと鉄糸の加工は少し時間がかかるらしく、品物の受け取りは一週間後という事になった。

 たくさん買ったから、ガレアスさんもソフィーさんも大喜びで、私たちは笑顔の二人に見送られ、スタイリッシュアーマーを後にした。






「ユリウスくん、たくさん買い物をしたねぇ。気に入った物があって、良かったねぇ。でも、たくさん買ったから、ぼく、驚いちゃったよ」


 そう言ったサーチートに、ユリウスは笑顔で頷いた。

 正直な話、私もサーチートと同様、驚いていた。

 いろいろと店を見て回るのかと思ってたのに、ジルさんに紹介されたお店だけで武器まで買ってしまうとは思っていなかったのだ。


「実際、いい物だったからね。あの店、かなりレベルの高い物ばかりが置かれていたよ。このズボンだって、すでに鉄糸加工がされているし、鑑定してみたら防御力は高いし、(B+)なんだ。つまり、Aランクに近いBランクの商品って事」


「え? そうなの? というか、いつの間に鑑定してたの?」


「ブラインドの魔法を組み合わせて、こっそり見た」


「ブラインド?」


 それは一体何なのだろう?

 首を傾げた私に、ユリウスに抱っこされたサーチートが、ドヤ顔で教えてくれる。


「鑑定の魔法は、使うと目が金色に光るでしょ。けど、ブラインドの魔法を組み合わせると、光らないようにできるんだ。お店で鑑定の魔法を使ったら、気まずいもんね」


 なるほど、そんな事ができるのか。

 サーチートもだけど、ユリウスもいろんな事を知っているなぁ。

 それに、同時に複数の魔法を使うっていうのは、かなり難しいらしい。

 もしかして今のユリウスは、私と一緒で、全ての魔法が使えるようになっていて、魔法のレベルが上がっているのかもしれない。


「あの店の値段が高めなのは、品物が良い物だからとわかっているからなんだと思う。店主かその知り合いに、鑑定魔法が使える人がいるのかもしれないね」


 鑑定魔法が使える人と聞いて、すぐに思い浮かんだのは、冒険者ギルドのジルさんだった。

 お店も紹介してくれたし、ジルさんはスタイリッシュ・アーマーの協力者なのかもしれなかった。


「このロングソードとショートソードもいい出来なんだ。ロングソードは(A)で、ショートソードは(B+)だ。ガレアスさんが作ったんだろうけど、いい腕しているよ。あの店、出来が良い物は値段高めで、そうでないものは安めの値段設定をしていたんだ。他の店は、出来が悪いものでも高めの値段がついていたりしたんだけどね」


 スタイリッシュ・アーマーに着くまでに、ユリウスはいろんなお店を鑑定しながら歩いていたらしい。

 スタイリッシュ・アーマーは、その中のどのお店よりも商品の質が良く、値段も適正だったというのが、今回の購入理由という事だった。

 なるほどなぁ、と呟くと、オリエもあの店で買ったらどうかと勧められた。

 確かに、ユリウスも気に入っているし、一週間後に行った時には、私も何かを買おうかなと思う。

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