第81話・VS巨大熊
「オリエ! 大丈夫か!」
私、一体どうしたんだろう?
気が付くと、ユリウスに抱きかかえられていた。
ユリウスは泣いていて、彼の零した涙がぽとりと私の顔に落ちる。
「良かった、オリエ……。どこか痛いところはないか?」
痛いところ?
あぁ、そうか。私はさっき、あの巨大熊が叫びと共に放った衝撃波みたいなのに吹き飛ばされたんだった。
運悪く吹き飛ばされた先に木があって、結構強く体をぶつけてしまったから、体が痛い。
だけど、私を心配するユリウスを見ると、それを言う事はできなかった。
後からヒールをかければ、痛みもなくなるだろう。
だから、大丈夫だよ、とユリウスに伝えようとして――私は悲鳴を上げた。
私の視界に入ったのは、ユリウスの数メートル後ろまで近づいていた、巨大熊だった。
「ユリウス!」
私が叫ぶと同時に、ユリウスは私を抱えたまま左に跳んで巨大熊が振り下ろした右腕から逃れた。
助かって良かったと思う気持ちと共に、私はあの巨大熊をもう元に戻してあげられない事を悲しく思った。
一体誰があの熊の額に、操るための魔結晶を突き刺したのだろう。
巨大熊は目を血走らせ、涎を垂れ流しながら、私を抱いたユリウスを睨みつけていて、ユリウスもまた巨大熊を睨みつけていた。
「ユリウス様! オリエさん! 大丈夫ですか!」
ジャンくんとモネちゃんが駆け寄ってきた。
モネちゃんはサーチートを抱っこしてくれている。
きっと、さっきの衝撃波で転がったサーチートを助けてくれたのだろうな、なんて事をぼんやりと考えていると、サーチートはモネちゃんの腕からぴょんと私の方へと飛び移った。
「オリエちゃん、大丈夫?」
サーチートは私の顔を心配そうな表情で覗き込み、言った。
私は大丈夫だと頷きながら、サーチートやジャンくん、モネちゃんに大丈夫かと問う。
サーチートはかなりの距離をゴロゴロと転がってしまったらしいけど、ジャンくんとモネちゃんはかすり傷くらいで済んだらしい。
周りを見回すと、スパイダーネットの呪文は解けてしまっていた。
これは、私が一瞬気を失った事が原因だろう。
スパイダーネットで捕らえていた動物たちは、巨大熊の叫びに飛び起きて、衝撃波に吹き飛ばされはしたものの、そのまま逃げて行ったらしい。
あの熊の近くに居たら、また魔物化する可能性があるし、殺される可能性もある。
良かった、と呟くと、
「オリエちゃんは優しいねぇ」
と、サーチートが笑った。
「ねぇ、ユリウス様、とりあえず、今は逃げましょう! あの熊、ヤバいですよ!」
ユリウスは私を抱いたまま、まだ目の前の巨大熊を睨みつけていた。
ジャンくんは必死に逃げようと言っていたけど、ユリウスは視線を巨大熊から離さないまま、首を横に振った。
「駄目だ。逃げてもこいつは追いかけて来る。それに、なんとか逃げ切れたとしても、こいつはここでまた他の動物たちを魔物化させて力をつける。だから、今ここで倒すしかない」
ユリウスは淡々とした口調でそう言った。
「でも!」
ジャンくんは尚もユリウスを説得しようとしたけれど、ユリウスはジャンくんの名前を呼ぶ事で、それを遮った。
「ジャン……オリエを頼む。絶対に奴をお前たちの方には行かせないから、逃げろ」
「やだ! 逃げないよ!」
私がユリウスの腕の中で叫ぶように言うと、わかった、と彼は小さく頷いたけれど、その間も視線は巨大熊から離す事はなかった。
「じゃあ、ここから少し離れていてくれ。ジャン、モネ、オリエを頼んだぞ」
ユリウスは私を地面に下ろした。
そっと降ろしてくれたのだけど、木に強くぶつけた体が痛み、一瞬よろめいてしまった。
「オリエ?」
ユリウスの視線が巨大熊から外れる。
そして、その瞬間を待っていたかのように、巨大熊が吠え、右腕を振り上げた。
「グォォォォ!」
右腕を振り上げた巨大熊と、目が合ったような気がした――巨大熊が狙っていたのは、私だった。
「きゃあっ」
背中を押されて、気づくと斜め後ろに居たモネちゃんを押し倒すような形で、二人して転んでいた。
「ジャン、早く連れて行け!」
ユリウスが叫び、わかりましたとジャンくんが叫び返す。
私はジャンくんに引っ張り上げられるようにして立ち上がり、同じく立ち上がったモネちゃんに肩を借りて、二人に引きずられるように歩き出す。
「さぁ、オリエさん、とりあえずここから離れますよ! モネ! わかってるな! 急げっ!」
「わかってるわよ! ほら、サーチートも行くわよ!」
「ちょっと、待って! でも、ユリウスがっ! ユリウス!」
ジャンくんとモネちゃんにがっしりと抱えられて、私は後ろを振り向く事ができなかった。
それはまるで、わざと後ろを、ユリウスの方を振り向かせないようにしているようで――。
ちょっと待て。
さっき振り上げられていたあの巨大熊の右手は、私を狙っていたはずだ。
だけど、私は背中を押されてモネちゃんの元に倒れ込んで、無事だった。
じゃあ、あの振り上げられていた右手は、どうなったのだろう?
空振りだったのか、それとも。
嫌な予感に、どくんと胸が大きく鳴った。
「ジャンくん、モネちゃん、ごめん、放して!」
私はそう言うと、精一杯暴れて二人の腕を振りほどき、振り返る。
そして私が見たものは、左肩に巨大熊の鋭い爪を食い込ませた、血だらけのユリウスの姿だった。
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