第68話・出発



「じゃあ、行ってきます!」


「はい、行ってらっしゃい。ユリウス、しっかりとみなさんを守ってあげるのですよ。オリエさん、面倒な事は、全部ユリウスにやらせればいいですからね。それから、サーチートくん……」


「はい、なんですか、先生!」


 私の腕の中で小さな手を上げたサーチートの頭を優しく撫で、アルバトスさんは言った。


「私から学んだ事を活かして、たくさんオリエさんを助けてあげてくださいね。だけど、サーチートくん自身も、楽しんできてください。それからたくさん学んできてくださいね」


「はい、先生! あと、ぼくの活躍話を、たくさん連絡しますね!」


「はい、ありがとうございます。だけど、よほどの事がない限り、サーチートくんの活躍話は、村に戻ってきてからで構いませんよ」


「えー? せっかくアルバトス先生と、テレパシーの呪文でお話できるようになったのに?」


「はい」


 恐らく、アルバトスさんとテレパシーで話したくて仕方がないはずのサーチートを、アルバトスさんはバッサリと切った。

 しょんぼりと肩を落とす姿がちょっと可哀相で、


「で、でも、私、村の様子が心配だから、サーチートにお願いして村の様子をアルバトスさんに聞いてもらいたいなぁ~」


 と言うと、パアァ、とサーチートは表情を輝かせた。


「はいはい、では、連絡を待っていますよ、サーチートくん」


「はい、任せてください!」


 もう一度アルバトスさんに頭を撫でられたサーチートは、立ち直って、小さな手の握り拳で自分の胸を叩いた。


「アルバトス先生、お土産も買ってくるから、楽しみにしててね!」


 サーチートはそういうと、肩(?)から下げているショルダーバッグをぺちんと叩いた。

 元の世界に居た時から愛用している、私のリュックサックを羨ましそうに見るので、サーチート用にちっちゃな鞄を創ってあげたんだよね。

 中には昨日あげたお小遣いが入っているはずだ。

 あと、実はこの鞄にはある魔法がかかっている。

 五センチ四方の小さな鞄なのに、ものすごく良くできた鞄なのだ。

 嬉しそうなサーチートを優しく見つめ、


「はい、楽しみにしていますよ」


 とアルバトスさんは言い、最後にもう一度ユリウスを呼んだ。


「何?」


 ユリウスはメッセンジャーバッグみたいな、体にフィットする鞄を肩から下げていて、頭には青いバンダナを巻き、銀色の髪を隠していた。

 だけど、バンダナで髪を隠しても、ユリウスの容姿はとても目立つし、バンダナで隠しきれなかった毛も少しあるから、すぐに彼の髪色が銀色である事は、バレちゃうと思うんだけどねえ。

 そのバンダナ、意味ないんじゃない? と何度も言ったんだけど、ユリウスは髪を隠す事にこだわった。

 ユリウス曰く、完全に隠せなくても、気分的に違うらしい。

 

「ユリウス、いろんな世界を見てきなさい」


 そう言ったアルバトスさんに、ユリウスは頷いた。

 私も、ユリウスが見る世界を、彼のそばで一緒に見てこようと思った。






 街道沿いは、相変わらずオブルリヒトの兵士が毎日交代で見張っていた。ジュニアスも、結構しつこいよね。

 なので、結界を出て外に向かうには、やはり森を突っ切る事になる。

 どこから出るのが一番見つからないだろうと考えた結果、シルヴィーク村とアルバトスさんの家の中間あたりから出る事になって、そこが待ち合わせ場所になった。

 モネちゃんとジャンくん、そしてモネちゃんのお父さんのマルコルさんと、ジャンくんのお父さんであるドルスさんは、待ち合わせ場所に先に来ていた。


「モネちゃん、ジャンくん、結構な大荷物だね!」


 二人はぱんぱんに膨れ上がった、大きなリュックを背負っていた。

 中には今後の資金となる、ハロン商店が買い取った、ユリウスが仕留めた獣や魔物の素材が入っているんだろうけど……。


「それ、アイテムバッグだろ? それなのに、そんなにいっぱいになるのか?」


 大荷物のモネちゃんたちに驚いたユリウスが聞いたけど、私も驚いていた。

 商人であるマルコルさんが使うバッグは、特殊な鞄だと聞いていたのに、あんなにいっぱいになるなんて。


「そちらは、身軽でいいですねぇ」


 モネちゃんは私たちを見ると、ため息をついた。

 確かに私たちは、持っている荷物は各自バッグが一つだけの、身軽な恰好だ。


「アイテムバッグと言っても、これは魔力がない者でも使える既製品ですからね。そちらのように、自分が持つ魔力に比例した保管能力はないんですよ。それでも俺のこの鞄は、三十のアイテムを入れられるようになっている、商人御用達の優れものなんですよ」


 マイコルさんの説明を聞いて、モネちゃんとジャンくんが背負っている、ぱんぱんに膨れ上がったリュックサックの中には、六十のアイテムが入っているというわけかと、ざっと計算をした。

 そうか、そんなに売り物が入っているのか……まぁ、この二か月の間、ユリウスは森に出るたびに何匹か狩ってくるから、数も増えるよね。

 マルコルさん、途中から買い取りたくても買い取る資金がないって言ってたもんなぁ。

 だから、ハロン商会に無料で提供したものもあるけれど、途中からは私が解体して、自分で素材を取るようにしてたんだよねぇ。

 この二か月……私もいろんな事ができるようになったなぁ。

 狩った獣や魔物の解体とか、野外での料理とか、魔法を使った便利な生活とか……元の世界のアニメや漫画みたいな娯楽なないけど、この世界での生活が楽しくて仕方がない。


「モネちゃん、ジャンくん、私の鞄の中に、そのリュック入れてあげようか? まだ空きがあるから、入ると思うよ」


 私やユリウスの鞄は、マジックアイテムバッグだ。

 特殊な魔法、マジックバッグの魔法をかけてあるので、さっきマルコルさんが説明してくれたように、持っている魔力に比例した保管能力がある。

 どのくらいあるかというと……サーチートで五、ユリウスで五十、私の場合は無制限の保管能力があるんだけど……これは内緒にしておこう。


「え? いいの? じゃあ……」


「こら、モネ!」


 モネちゃんとジャンくんは、瞳を輝かせて背負っていたリュックを降ろそうとしたけれど、マルコルさんに怒鳴られて震え上がった。


「オリエさん、こいつらを甘やかさんでください! モネ! お前は俺の代わりに仕入れに行くんだぞ! 遊びに行くんじゃないんだ! お前が背負っている荷物は、うちの大事な商品だ! そのリュックは、俺の商人としてのプライドそのものだ! 遊びに行くつもりなら、今すぐ俺と代われ!」


「ジャン、お前もそうだ! お前はモネちゃんの手伝いで行くんだ! 遊びのつもりなら、俺が行く!」


 モネちゃんとジャンくんは、まだ村から出てもいないのに、それぞれのお父さんに怒られて、ぐったりしながらわかりましたと何度も頷いた。

 そして私とユリウスは、モネちゃんとジャンくんを絶対に甘やかさないようにと、何度も何度も念を押されたのだった。



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