第69話・森の中を進もう
「もう、父さんったら……女の子がこんなに大荷物とか、可愛くない~」
村を出て森の中を進みながら、モネちゃんはずっとブツブツ言っていた。
確かに、女の子がぱんぱんに膨らんだ大きなリュックサックを持つっていうのは、可愛くないし、重そうだ。
モネちゃんが嫌がるのもわかる。
だから、やっぱり荷物を持ってあげようと思ったんだけど、
「駄目だよ、オリエ」
と、ユリウスに言われてしまった。
「さっき、マルコルやドルスにも言われただろう? 甘やかしたら駄目だ。モネ、自分で荷物を持つのが嫌なら、ジャンに持たせろ。それなら、目を瞑ってやる」
「そ、そんなの、無理ですよ~」
情けない声を上げるジャンくんは、はぁ、と深い息をついた。
「それは、商人の鞄だ。マルコルもさっきそう言っていたはずだ。モネ、お前はマルコルのあとを継ぐつもりなんだろう? だったら、しっかり修行しろ」
「はあい」
ユリウスに言われて、仕方なしという感じではあったけど、モネちゃんは頷いた。
私も、可哀想だけど仕方ないかなと思う。
それに、ユリウスと私は、二人のボディーガードだ。
荷物を持ってあげないかわりに、その他の事をしてあげようと思う。
まずは、この森には獣や魔物がたくさんいるから、二人を守らなくてはならない。
「ぎゃー!」
木の影から突然現れた狼が飛びかかってきて、ジャンくんが悲鳴を上げた。
私が簡易結界魔法を唱えて、私たち三人に結界を張っている間に、すぐにユリウスが長い足で狼を蹴り倒す。
簡単にやってるけど、あれはユリウスにしか絶対にできない事だ。
強化魔法を足にかけて、思いきり蹴りつける……蹴られた対象は内臓破裂を起こして死ぬか、首が飛ぶ事もある。
今蹴られた狼は、内臓が破裂したのだろう、吹き飛ばされた先で木にぶつかり、その後はぴくりと動かなくなった。
ユリウスは蹴った狼が絶命しているのを確認すると、無造作に狼を掴み、マジックアイテムバックの中に放り込む。
「はぁ、ユリウスくんは、すごいねぇ~」
「ほんとだわ。それに、手慣れているし」
サーチートとモネちゃんが感心している。
そうだよね、私もすごいと思う。
ユリウス、このペースで狩りをするから、どんどん素材やお肉が溜まっていくんだよね。
「でも、見るたびに、あの人、どんどん人間離れしてってるような気がする」
苦笑いしながらジャンくんが言った。
確かに、それも思う。
ジャンくんのユリウスに対する態度が、だんだんと雑になってきているとも思う。
ユリウスは、もう慣れた、とでも言わんばかりに、倒した狼を放り込んだマジックアイテムバックぽんと叩き、行くぞ、と言った。
シルヴィーク村を出発して、多分四時間くらい経過した。
辺りが薄暗くなってきたから、私たちは木が密集していない場所で、休む事にした。
今の私たちの目的地は、この森を抜けて二キロくらい行ったところにある、スモルという小さな村だ。
だけど、シルヴィーク村からスモル村への移動は、整備された街道を馬で移動しても、半日以上かかってしまうらしい。
私たちは徒歩で森を抜けようとしているから、二日はかかるだろうと、出発前に予想していた。
だから、今夜は森の中で野宿という事になる。
少し前から、野宿に備えて薪となる小枝を拾いながら歩いていたので、今夜過ごす場所が決まると、私はご飯の用意を始めた。
「ユリウス、火、お願い」
「わかった」
森の中にあった石を積み上げ、ユリウスがかまどを作り始める。
私はその間に自分のリュックサックから焼き網と鍋、ケトルを取り出した。
ユリウスが、ファイア、と唱えてかまどに火を入れると、私は、ウオーター、と水魔法を唱えて、ケトルと鍋に水を入れて、火にかける。
「オリエさん、何か、手伝おうか?」
とモネちゃんたちが言ってくれたけれど、二人は大きなリュックサックを背負って長い間歩いていたのだから、ゆっくり休んでもらう事にした。
しかも、ジャンくんはずっとリュックサックの上に、サーチートを乗っけてくれてたんだよね。
背負っているリュックサックがさらに重くなっただろうに、本当に申し訳ない。
そのサーチートは、
「はぁ~、疲れたねぇ~」
なんて言って、地面に寝っ転がってしまった。
ちょっとだけイラッとしたけれど、ちっちゃい体では手伝える事もほとんどないから、まぁ仕方ないか。
家から野宿用に用意してきたお肉や野菜を鍋に突っ込んだところで、結界を張り忘れた事に気付き、私は簡易結界の呪文を唱えた。
本当なら交代で見張りをしながら休むんだろうけど、簡易結界を張ったから、今夜は野宿だけど、安心して眠る事ができる。
「前から思ったけど、ユリウス様もオリエさんも、すごく、便利ですよね……」
「便利って、それは、魔法の事?」
ぽつんと言ったモネちゃんに聞き返すと、はい、とモネちゃんは頷いた。
「うん、魔法は、便利かな」
魔法が使える事は、私自身、本当に便利だって思ってる。
元の世界に居た時は、魔法って、攻撃系か回復系のイメージしかなかったけれど、いろんな魔法がある事を知ったし、いろんな使い方があるって知った。
アルバトスさんが応用方法をたくさん知っていて、たくさん教えてもらった。
だから、私は次のモネちゃんの言葉に、すごく驚いてしまった。
「でも、ちょっと魔法の無駄遣いをしているような気もします」
「無駄遣い?」
「はい。ユリウス様のすごく強い力にしろ、オリエさんの魔法にしろ、もっといろんなすごい事ができるはずなのに、と思っちゃうんです」
「無駄遣い、か……」
確かにそうなのかもしれないけれど、じゃあすごい事って、一体何をしたらいいんだろう?
モネちゃんは、どんな事に使うべきだと思っているんだろう?
「それは……」
この問いには、モネちゃんもジャンくんも、答えられなかった。
なかなか思いつかないんだよねぇ。
「すごい事をしなければならない時がきたら、その時にまた考える事にするよ」
私はリュックからパンを取り出すと、五枚に切り分けて焼き網にのせる。
そうしている間にスープが煮えて、お椀によそってみんなに配った。
沸かしたお湯でお茶も淹れて、パンが焼き上がったところで、みんなでいただきますと手を合わせる。
「オリエちゃん、お外でみんなでご飯、おいしいねぇ」
ちっちゃな手で自分の顔以上のサイズのパンを嬉しそうにかじるサーチートが可愛くて、その日の夜はとても楽しい晩御飯になった。
食事の後は、モネちゃんたちは疲れていたのだろう、二人くっついて、毛布をかぶって早めに眠ってしまった。
二人につられたのか、お腹いっぱいで満足したのか、サーチートも丸まって、かまどの近くで眠っている。
片付けを終えてユリウスのそばへと向かうと、
「力の無駄遣い、か」
と、ユリウスが呟いた。
もしかすると彼は、自分は何かをしなければならないのではないかと、また考え始めたのかもしれなかった。
「この力が必要な時が来たら、使えばいいんじゃないかな」
ユリウスの胸に顔を寄せると、そうだね、と彼は呟いて、私を抱いたまま毛布をかぶった。
私はユリウスの少し高めの体温と毛布に包まれて、眠りについた。
ぐっすりと熟睡できたのは、この腕の中が何よりも安全だと知っていたからだ。
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