第70話・スモル村


「やったぁ、村だ! スモル村だ!」


 森を抜け、少し歩くと、整備された街道に出て、そこから少し弱歩くと、シルヴィーク村よりも少し小さな村が見えてきた。

 村が見えた途端、大きなリュックを背負ってぐったりしていたジャンくんが大声を上げた。

 彼は途中何度もモネちゃんのリュックも持ってあげていたから、私たちの中で一番疲れていた。


「今夜は、ベッドで眠れる! 地面で寝てたから、体がバキバキだ!」


「お風呂も入れるわね!」


 大荷物を持っていた二人は大喜びで、自然と歩くスピードも速くなる。


「旅の人?」


 村の近くまで行くと、入り口近くで遊んでいた子供たちに、声をかけられた。

 そうだよ、と答えると、黒髪に茶色の瞳をした一人の男の子が、「スモル村にようこそ」と言って笑った。

 ここは小さな村だけれど、街道沿いにあり、頻繁に商人や冒険者が訪れるからか、子供たちはみんな人見知りしない性格のようだった。

 人懐っこい笑顔で、私たちに近寄って来る。


「ねぇ、おねえちゃん、この子なぁに?」


 先程元気に挨拶をしてくれた男の子の妹なのかな、彼と同じ黒髪に茶色の瞳をしたおかっぱの女の子が、私が抱っこしていたサーチートを見て、言った。


「可愛いねぇ~、お人形?」


 女の子は嬉しそうな表情で近寄ってきて、小石に躓いて転びそうになった。

 だけど、黒髪の男の子が女の子の手を掴んで引き寄せて、転ばずに済んだ。

 やっぱりこの子たち、兄妹なんだろうなぁ。


「危なかったね、大丈夫?」


 サーチートはそう言って、子供たちに笑いかけた。そして、いつもの自己紹介ソングを歌う。


「ぼくの名前は、サーチート。オリエちゃんの、スマホだよっ」


「うわ! 喋った!」


「お歌を歌った! でも、すまほってなぁに?」


 一瞬で二人の子供の心を掴んだサーチートは、「スマホはスマホだよ」と答え、子供たちは首を傾げた。

 その説明でわかるはずないだろうと、私は心の中で突っ込んだ。


「この子の名前はサーチート。元はぬいぐるみなんだよ」


 そう言ってサーチートを渡してあげると、女の子は茶色の瞳をキラキラさせて、サーチートを見つめた。


「私たち、旅をしているの。森の中を歩いてきて、とても疲れているんだけれど、この村には宿屋さんはあるかな?」


「うん、あるよ! おれの家が宿屋だよ!」


「そうなの? じゃあ、案内してもらえる?」


「うん!」


 男の子はサーチートを抱っこした女の子と一緒に、元気に頷いた。




 子供たちに案内してもらって、宿へと向かった。


「母ちゃん、お客さんだぜ!」


「はーい、いらっしゃい。テッド、コリー、お客さんの案内してくれてありがとうね」


 宿屋の女将さんは、子供たちの子供のお母さんだ。

 彼女も黒髪に茶色の瞳をしていて、どことなく日本人ぽい顔立ちで、親近感がわいて落ち着く。

 子供たちの名前は、男の子がテッドくん、女の子がコリーちゃんというらしい。

 年齢は、テッドくんが十歳で、コリーちゃんが五歳なのだそうだ。


「私は、この宿屋の女将のマーヤ。旦那の名前は、コズモだよ」


「やあ、いらっしゃい」


 カウンターの奥に居た旦那さんが、手を上げて笑った。

 旦那さんは明るい茶色の髪に、緑の瞳をしていた。

 纏っている色は違うけれど、テッドくんの顔立ちはお父さんに似ているように思う。


「あんたたち、すごい荷物だねぇ。商人かい?」


 女将さんはモネちゃんとジャンくんを見ると、そう言った。

 やっぱり大荷物のお客さんは、商人さんというのが定番なのかな。


「はい、そうです。商人です」


「そうか。じゃあ、もしも良ければ、この村の店に商品を卸してっておくれよ。この村の雑貨屋、最近ちょっと品不足らしいんだ」


 女将さんはそう言うと、この村の雑貨屋の場所を教えてくれた。

 モネちゃんは頷くと、任せてくださいと胸を叩いた。






 今日はあまりお客が居ないようで、女将さんは私たちに二人部屋を二部屋用意してくれた。

 当然のように私の肩を抱いたユリウスにより、私とユリウス、モネちゃんとジャンくんの組み合わせになる。

 サーチートは……私たちと一緒かな。

 街道沿いにあるせいか、小さな村なのに宿の設備は整っていて、小さいけれど各部屋にトイレとバスルームがついていた。

 旅をしてくる人たちがゆっくりと休めるように、思い切って改築した自慢の設備なのだと、女将さんは豪快に笑って言った。


「ユリウス様、オリエさん、私とジャン、女将さんに教えてもらった雑貨屋さんに行ってきますね」


 モネちゃんはそう言うと、ぱんぱんに膨らんだリュックサックを担ぎ、ジャンくんと一緒に宿を出ていった。

 この村で売り買いできる物があるといいなぁと、私は二人を見送った。


「ねぇお姉ちゃん、この子と遊んでいい?」


「うん、いいよ」


 コリーちゃんはサーチートの事をとても気に入ったようだった。

 茶色の瞳をキラキラさせながらお願いされたら、断れるはずがない。

 サーチートも子供好きだから、可愛いコリーちゃんに抱っこされて嬉しそうだ。

 サーチートとコリーちゃんが遊ぶ姿を、お兄ちゃんのテッドくんが優しい表情で見守っていた。

 テッドくんの優しい表情が、コリーちゃんが可愛くて仕方がないっていうように見えて、とても微笑ましい。

 顔がにやけるのを押さえながら、サーチートと子供たちが遊んでいる姿を、ユリウスと二人で眺めていると、


「あんたたち二人は、恋人同士なのかい?」


 と、女将さんに声をかけられた。


「いや、夫婦だ。二か月前に、結婚したんだ」


 ユリウスが答えると、女将さんは私の隣に来て、


「あら、そうかい~。ちょっと、あんた、いい男捕まえたねぇ!」


 と、私の背中を軽く叩く。

 私は頷いて、本当にいい男を捕まえたなぁ、なんて思う。

 まぁ、最初に会った時は、この人はいい女だったんだけど。


「でも、あんたの旦那さん、本当にいい男だねぇ。それに、髪が銀色なら……え?」


 まじまじとユリウスの顔を覗き込んだ女将さんは、息を呑んだ。

 多分、ユリウスの髪色に気が付いたんだろう。

 だから言ったんだよね、バンダナで隠しても、バレる可能性があるって。

 髪を隠しても、眉とかまつげとかの色で気づく人が居るに決まってるんだから。


「俺の色、この世界ではかなり目立つので、隠しているんですよ。いろいろと言いがかりをつけられる事もあるので」


 ユリウスは驚く女将さんに、穏やかな声で言った。

 全く焦っていないその様子に、最初からこういう事を想定していたんだろうなと思う。


「そ、そうかい……わかった、あたしも、言いふらしたりしないから、安心しておくれ」


「ありがとうございます。そう言っていただけると、ありがたいです。ところで、一つ聞きたいのですが」


「ん? なんだい?」


「この村に、狩った獣を解体できるところって、ありますか?」


「おや、何か狩ったのかい? それなら、うちの主人ができるよ。冒険者のお客さんが、時々持ち込んでくれるんだよ」


「そうですか。じゃあ、これ、良かったら使ってくれませんか?」


 ユリウスはそう言うと、バッグに手を突っ込み、この村に来るまでの道中で狩った狼を取り出そうとした。

 それを見た女将さんは、カウンターの中に居た旦那さんを振り返ると、解体希望のお客さんだよ、と声をかける。


「裏にね、解体するための小屋があるんだよ。ここは子供たちや他のお客さんも居るから、出すならそっちで出してくれるかい?」


「案内するから、こっちにどうぞ」


 カウンターから出て来た旦那さんに連れられ、私とユリウスは、解体小屋へと向かった。



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