第174話・人質



「王宮に居る、オブルリヒト王の側室を人質にできる人間ねぇ」


 深い息をついてエリザベス様が言った。

 多分エリザベス様の中では、本当の黒幕が誰なのか、想像できているんだろうと思う。


「まだ、アルバトスが黒幕って言うんだな」


 呆れたように言ったユリウスに、エミリオは俯いたまま、あぁ、と頷いた。

 今のエミリオは、まるで、アルバトスさんが黒幕だとしか言えないみたいにも見える。


「悪い、ちょっと席を外す……。リュシー、オリエを頼む……」


「え? あ、あぁ」


「え? ユリウス?」


 ユリウスは、行ってくる、と言うと、姿を消した。

 この建物内からテレポートの呪文を使ったんだろうけど、どこに行っちゃったの?


「オリエちゃん、あいつ、どこ行ったの?」


「わ、私にも、わからないですっ」


「この部屋から直接テレポートで消えやがって……あいつ、本当に何者なんだっ!」


 だん、と机を叩いて、アントニオさんが言った。

 建物内から直接テレポートの呪文を使うのは、かなりレベルの高い魔法なのだそうだ。

 いつもは目立たないように、街の外から使っているのに、今はよほど急いでいたってことなのかな。

 全然関係ないけど、アントニオさんって、すごくよく机を叩くよね。癖なのかな。

 パワハラで訴えられなきゃいいけど。


「あの……オリエさん、でしたか?」


「はい?」


 名前を呼ばれたから振り返ると、私に声をかけてきたのはエミリオだった。

 エミリオは私の顔をじっと見つめると、


「あの……あなたがもしも、ジュニアス兄上が言っていた方なのだとしたら……先ほどの男は、本当に一体誰なのですか?」


「おい、どういうことだ?」


 アントニオさんが反応した。なんか面倒なことになりそうな予感しかないので、余計なことを言うなという意味も兼ねてエミリオを睨みつけると、エミリオはすぐに黙り込んで俯いた。


「おい、お預けかよ! 気になるじゃねぇか!」


 アントニオさんがまた机を叩いたけど、エミリオは黙ったままだった。

 アントニオさんの必殺パワハラ机叩きよりも、私というか、今はこの場に居ないユリウスのが怖いと思ったのかもしれない。

 この子、今回ものすごいことをやらかしたけど、本当は小心者の優しい子なんじゃないかな。

 あと、アントニオさんは、やっぱりいつかパワハラで訴えられるような気がする。


「くそ、言いかけたのなら、最後まで言えってんだ」


 と、アントニオさんはしばらくぶつぶつと言っていたけれど、私もエミリオも無視していたので、そのうち諦めたようだった。

 多分エミリオは、私がジュンと共に異世界から召喚された人間なのかということを、聞きたかったんだと思う。

 そしてそれが事実なら、私の夫だというユリウスが何者なのかが気になったんだろう。

 ジュニアスがエミリオにどんな説明をしているのかはわからないけど、恐らくオリエという異世界から来た女を連れて逃げたのは、ユリアナとアルバトスということにしているだろうと思う。

 だけど、今私の隣に居るのはユリアナではなくユリウスだから、あの男は誰だってことになるし、ユリアナはどうしたんだってことになるんだろうな。

 まぁ、ユリウスとユリアナは同一人物なんだけど、みんなそれは知らないことだからね。




 ユリウスが戻ってきたのは、彼がテレポートの呪文でどこかに消えてから、十分くらい経った頃だった。


「おまたせ」


 と軽い口調でそう言ったユリウスは、三十代後半から四十代前半の、一人の女性と一緒だった。

 白い肌に金茶の髪、淡い緑の瞳のその女性を、誰かに似ているなぁ、とぼんやりと思いながら見ていると、


「エミリオ……」


 と、彼女はエミリオの名前を呼んだ。その瞬間、俯いていたエミリオが、弾かれたように顔を上げ、肌の色以外は同じ色を持つその女性を見つめる。


「母様! 一体どうして!」


「あなたに会うために、この方に連れてきてもらったのです」


 エミリオのお母さんは、そう言うとユリウスを見つめた。

 エミリオのお母さんってことは、この女性、現オブルリヒト王の側室ってことだよね?

 ということは、ユリウス、オブルリヒトの王宮に行ってきたってこと?


「母様、ご無事、でしたか?」


 エミリオはお母さんを見つめたまま、声を震わせて言った。


「えぇ、なんとか……」


 そう返事をしたエミリオのお母さんは、ちらりとまたユリウスへと視線を向ける。

 これって、ユリウスがエミリオのお母さんを助けてきてあげたってことだよね。

 エミリオもそう思ったんだろう、ユリウスを見上げ、泣きながら、ありがとうございますと繰り返した。

 だけどユリウスはそんなエミリオを冷たく見下ろす。


「何を言っているんだ? 勘違いしているぞ?」


「え?」


 ユリウスは腰に差していたショートソードを抜くと、鋭い刃先をエミリオにお母さんの首筋へと近づける。

 え? ユリウス? あなた何をしているの?


「俺は、お前の母親を助けてきたわけじゃない。お前に真実を吐かせるために、俺の人質として連れてきたんだ」


 ユリウスとエミリオのお母さん以外の全員が、息を呑む。

 ねぇユリウス、一体どうしちゃったの?


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