第175話・ソフィー・オブルリヒト
「どうして! どうしてお前が母様を人質にする必要がある! 今すぐ母様を解放しろ!」
必死に叫ぶエミリオ。そりゃそうだよね、だって、大切なお母さんの首筋に、鋭い刃が近づけられているんだから。
エミリオだけじゃない、他の人たちも緊張した面持ちでユリウスとエミリオのお母さんを見つめていた。
ユリウスのことだから、万が一にもエミリオのお母さんにその剣を当てることはないとは思うけど、ちょっと心配だよ!
「俺が人質を取る必要? それは、お前に真実を言わせるためだ。さっきもそう言っただろう?」
「そ、そんな……」
「さて、では、改めてエミリオ王子、いや、エミリオ。人質を取り、お前に黒魔結晶をばらまけと指示をしていたのは、誰だ?」
「頼む……お願いだ、母様には……母様には手を出さないでくれっ……」
「お前が本当のことを言えば、そんなことしないが?」
さっさと言えと言わんばかりに、ユリウスはエミリオのお母さんの首すれすれにショートソードを近づける。
ユリウスが少し加減を間違ったら、エミリオのお母さんは命がないだろう。
「頼む! 頼むから! うわあっ!」
椅子に手足を縛られたエミリオは、自由に動けないのを理解していながらも、母親を助けかったのだろう。
椅子に縛られたまま転び、額を激しく床に打ち付けた。
「アルバトス、だ……」
床に頭を打ち付け横向けに転がったエミリオは、力なくユリウスと、お母さんを見上げる。
「ここまでしても、まだアルバトスと答えるのか。呆れるな」
呆れたように言ったユリウスが、ため息をついた。
首筋にショートソードを突き付けられているエミリオのお母さんは、それを全く気にしないように毅然とした態度で、床に転がった息子を冷たい目で見下ろし、言う。
「エミリオ、先ほどこの方から、あなたの犯した罪を聞きました。それを、アルバトス様に言われて行ったと言うなんて、恥を知りなさい!」
「か、母様……」
お母さんに叱られたエミリオは、床に転がったまま、静かに涙を流した。
「私はオブルリヒトの王宮で、下女として働いていました。字も読めず要領も悪い私は、いつも同僚からいじめられていました。いつも真夜中に一人で泣いていて……そんな私に優しく声をかけてくださったのが、アルバトス様の妹であるアルディナ様です。アルディナ様は私を、自分専用の侍女へと取り立ててくださいました」
下女から王妃の侍女、そして王の側室だなんて、ものすごい出世だよ! びっくりだよ!
だけど周りを見ると、驚いているのは私とリュシーさん、それから若い冒険者くらいだった。
エミリオやエリザベス様はもちろん知っている話なんだろうけど、シンデレラストーリーとして有名な話なのかもしれない。
「アルディナ様とアルバトス様は、私にとても良くしてくださいました。何も知らなかった私に文字を教え、マナーを教え、他にもいろいろなことを教えてくださいました。お亡くなりになってしまわれましたが、今でもアルディナ様は私の主です。そんなアルディナ様の兄君であるアルバトス様に濡れ衣を着せるなど、私は亡きアルディナ様に死んでお詫びしたい気持ちでいっぱいです!」
「母様ぁっ……ごめんなさいっ……でも……でもっ……」
泣きながら謝るエミリオ。
これってやっぱり、言いたくても本当の黒幕が言えない状態なんじゃないかな?
ユリウスへと目を向けると、エミリオのお母さんに、
「もういい。ソフィーさん、すまなかった」
と声をかけて、エミリオのお母さん――ソフィーさんの首に突き付けていたショートソードをしまった。
ソフィーさんは首を横に振り、自分の命で償うことができるのならいつでも差し上げますと、ユリウスの前で膝をつき深く頭を下げる。
ソフィーさん、どうしてユリウスに対して、そんな態度をとるんだろう?
まるでユリウスが誰なのか、知っているように見える。
「どういうつもりだ?」
「アルディナ様が居られない今、私の主はあなた様です。先ほども申しましたが、この命を差し出せとおっしゃるなら、いつでも差し出します」
ユリウスの問いに、ソフィーさんは淡々とした口調で答えた。まるでそれが当たり前のことのように。
ソフィーさんのこの答えって、もう完全にユリウスの正体に気づいているって感じだよね。
さすがのユリウスもこれには本当に驚いているみたいで……彼は深い息をつくと天井を見上げ、
「本当にあの人は、こうなることがわかっていたのかな……。どこまで先を読んでいるんだろう……」
と呟くように言うと、私を見つめ、そして私が抱っこしているサーチートを見つめ、言った。
「サーチート、伯父上につないでくれないか?」
と――。
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