第39話・それぞれが成すべき事


 ホームの呪文で、私たちは瞬間移動した。

 だけど、着いた先は、私が思い描いたアルバトスさんの家ではなく、シルヴィーク村のほぼ中央に位置している、モネちゃんのお父さんが経営している、ハロン商会の前だった。

 思った通りの場所には着けなかったけれど、私とサーチート、ユーリ、そしてアルバトスさんと、シルヴィーク村に戻ってこられたのが嬉しくて、安心して泣いてしまった。


「アルバトス様っ! ユーリ様!」


 ボロボロのアルバトスさんとユーリを見て、モネちゃんが悲鳴を上げる。

 アルバトスさんは確かに血だらけでぐったりしているけど、これでもまだ先程よりはマシなのだ。

 だってアルバトスさんの心臓は一度止まって、蘇生呪文で生き返ったばかりなのだから。


 ユーリの方は……ジュニアスと戦った時の傷や、兵士の放った矢がいくつか掠っていて傷だらけではあるけれど、見た目ほどひどくないのか、平気そうに見える。


「モネ、オリエが作ったポーションを持って来い! そして、伯父上の回復を! オリエも引き続き、伯父上を頼む。ホフマン! ハロン! 頼んでいた事は、できているかっ!」


 ユーリは混乱するシルヴィーク村の人たちや私に指示や確認をして、とても忙しそうだ。

 私はその様子を見ながら、アルバトスさんの回復を続けていた。

 ユーリはジャンくんとモネちゃんのお父さんや、他の村の人からの話を聞いて頷くと、アルバトスさんへと目を向ける。


「伯父上、用意はホフマンたちが全て整えてくれました。ジュニアスたちがこちらに来るには、まだ時間がかかるとは思いますが、できるだけ急いだ方がいい……。生き返ったばかりで、体の負担はきついでしょうが、手はず通りにお願いします」


「あぁ、わかっている。私の命に替えても、やり遂げてみせるよ」


 命に替えても、なんて言わないでほしかった。やだ、と呟くと、ユーリが苦笑する。


「だけど、そうしなければいけない時がある。それが、今なんだよ。では、伯父上、お互い、今、成すべき事をしましょう」


「あぁ」


 ユーリはボロボロのアルバトスさんが頷くのを見ると、立ち上がった。

 そして、自分のベルトに差していた細身の剣を鞘ごと引き抜くと、


「ジャン、剣を取り替える」


 と、すぐそばに居たジャンくんに渡した。

 細身の剣を受け取ったジャン君は、代わりに別の剣をユーリに差し出す。

 ジャンくんがユーリに手渡した剣は、先程までユーリが使っていたものよりも長く、かなり重そうなものだった。

 多分、オブルリヒトの兵士たちが使っていた物と同じか、それよりも大きい……そうだ、体格に恵まれたジュニアスが使っていたような剣で、女性のユーリには重そうだと思ったんだけど、ユーリは受け取った剣を鞘から引き出して軽々と振るうと、再び鞘に戻し、腰のベルトへとしっかりと差し直した。


「では、行く」


「え? ユーリ、どこに行くの!」


「ジュニアスたちが来るまで、まだ時間はあるとは思うけど、あいつらの行動が速かった場合、囮になって、時間を稼ぐよ。向こうは私を殺したくて、うずうすしているだろうからね。大丈夫、防いでみせるから」


 そう言って歩き出そうとするユーリの前に、ジャンくんが片膝をつく。


「ユーリ様、お供します」


「いい。お前はここに居ろ。危険だ。ここでモネや村のみんなを守れ」


 ユーリはそう言ったが、ジャンくんは首を横に振った。


「嫌だ、俺は、あなたについて行くと決めているんだ」


「ジャン……」


「ユーリ様、あなたが拒んでも、俺はついていく。俺はあなたに比べればめちゃくちゃ弱いけど、俺にだって、盾にくらいなれるはずだ」


 ユーリは深い息をついて、少し悩んだようだったけれど、


「では、決して私より前に出ずに、サポートに徹するなら」


 という事で、頷いた。


「ユーリ、私も一緒に行くよ!」


 ユーリは、自分でもわかっているみたいだけど、ジュニアスに狙われている。

 だから私はそう言ったんだけど、ユーリは首を横に振った。


「危ないから、駄目だ。それに、オリエにはここで、伯父上と一緒にやってもらわなければいけない事がある……」


「でも……」


「大丈夫だよ……オリエの事は、私が必ず守るから」


「ユーリ……」


「オリエ、伯父上を助けてくれて、ありがとう……。君は本当にすごいよ。君に会えて良かった」


 まるで別れの挨拶みたいな事を、ユーリは言い出した。

 どうしてそんなふうに言うのだろう。


「大丈夫、必ず君を守るよ。だから、君はここで伯父上たちと、村を頼む」


 ユーリは優しく笑ってそう言うと、ジャンくんと共に村の外へと向かった。

 私はユーリを追いかけようとしたけれど、止められる。


「オリエちゃん、今ぼくたちは、みんな自分ができる精一杯の事をしなきゃいけないんだよ!」


 そう言ったのは、サーチートだった。


「でもっ……」


 平気そうにしていたけれど、ユーリは怪我をしていたはずだ。

 せめてヒールをかけてあげれば良かったと呟くと、アルバトスさんが首を横に振った。


「大丈夫ですよ、オリエさん。あれだけ暴れて来たのです。まだジュニアス王子たちが来るには、時間がかかるはずだ。彼らが来るまでに、こちらが準備を整えてしまえば……ユーリが戦う事などありません」


「でも……ユーリは怪我をしていたし……」


「そちらも、大丈夫です。体の痛みがなく、思い通りに動くなら、あの子はまた暴走してしまうかもしれません。体の痛みが、今のあの子を冷静にさせているのです。だから、あの子を心身ともに休ませるためにも、どうか、あなたの力を貸してください。私たちは、あなたを助けるために協力してくれたこの村を、絶対に守らなければならないのです……」


 アルバトスさんは、私がユーリを心配しているほど、ユーリの事を心配していないように見えた。

 いや、正確にいうと、今の彼らにとって、自分たちの命の優先順位が低かったからなのかもしれないけれど、私にとっては村の人たちと同じように、ユーリやアルバトスさんも、大切な人だ。


「わかりました。今、私がやらなければならないことを、教えてください!」


 私がそう言うと、アルバトスさんは深く頷いた。

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