第38話・おうちに帰ろう


「もう嫌だよ、ユーリ! おうちに帰りたい! みんなで過ごした家に帰りたいよ!」


 蘇生したアルバトスさんを抱えたまま、私は叫んだ。

 アルバトスさんから毒は消え、蘇生直後よりはだいぶ回復しているものの、もっとゆっくりできる場所で治療をしたいし、休ませてあげたい。

 だから、家に帰りたい――そう叫んだ私に、


「そうだよ、おうちに帰ろう!」


 と言ったのは、サーチートだった。

 サーチートはスマホをお腹にしまい、体を左右に揺すって勢いをつけて、起き上がると、言った。


「オリエちゃん、おうちに帰ろう! ホームの呪文だよ! みんなで帰りたい場所を強く想って、くっついて唱えるんだよ! それで、みんなのおうちに帰ろう!」


「ホームの呪文……」


 そんな呪文があったのか。思い描いた場所に行ける、瞬間移動呪文って事なのかな?

 その呪文で本当にあの宝物みたいな場所に帰れるのなら、今すぐ唱えて帰りたい。

 けど、それは全員での事だ。

 今のユーリは、アルバトスさんを失った悲しみと怒りで、我を忘れてしまっている。

 そして、アルバトスさんを失う原因となったジュニアスを、本気で殺そうとしている。


「ユーリ、もう止めて! もう嫌だよ! みんなで家に帰ろうよ!」


 アルバトスさんにヒールをかけ続けながら、私は必死に叫ぶ。


「ユーリ、聞いて! アルバトスさんは生き返ったから! でも、このままだと、また死んじゃうかもしれない! だから、もう止めようよ! こんな戦いを止めて、みんなであのおうちに帰ろうよぉっ!」


 私の声が届いたのか、ユーリは動きを止めた。

 だけど、視線はジュニアスに向けたまま、こちらを振り向かず、言う。


「オリエ、ありがとう。でも、だからこそここで、こいつらを全滅させないと、私たちは安心して暮らしていけないんだ」


「ぜ、全滅ってっ!」


「全滅は全滅だ! この王宮に居る者たち、全員だっ!」


「ユーリ! もう止めて!」


 この王宮にはナディア様やアニーさん、それからユーリのお父さんである、オブルリヒトの王様だっているのに、その人たちを含めての全滅って事?


「だめだよ、ユーリ! アルバトスさんは、そんな事を望んでいないよ! それに、ここに居る人だって、悪い人ばかりじゃないんだから!」


 止めさせようと、必死に説得をするけれど、ユーリは聞くつもりはないらしい。

 もう、ファイヤーボールでもぶつけて、力づくで止めさせるしかないかもしれないと考えていると、私の腕の中で、アルバトスさんが力を振り絞り、叫んだ。


「いい加減にしなさい、ユーリ! あなたは大切な人の前で、殺戮を行い続けるつもりなのですか! 私はあなたを、そんなひどい人間に育てた覚えはありませんよ!」


 アルバトスさんの声に、ユーリの動きが止まる。

 ユーリは私たちを振り返ると、


「アルバトス……伯父上っ!」


 と、綺麗な金色の瞳から涙を流しながら、アルバトスさんの名前を呼んだ。

 アルバトスさんの生きている姿を見て少し落ち着いたのか、ユーリを包んでいた金色の炎のようなものが、消えていく。


「ユーリ、本来の目的を思い出しなさい」


 優しく言い聞かせるようなアルバトスさんの声に、ユーリは頷くと、


「帰ろう、オリエ!」


 と言って、私たちの元へ向かって走って来る。


「おい! ユリアナを殺しても、どんな手を使っても構わん! あの女を行かせるなっ!


 ジュニアスの命令を受け、動ける兵士たちが、ユーリに向かって一斉に矢を射掛ける。


「ぐっ……」


 ユーリは防御もせずに、私たちの元へと走っていたから、射かけられた矢の何本かが、その体に掠ったようだった。

 いくらジュニアスの命令とはいえ、女の子に矢を射掛けるなんて、ひどすぎる!


「ユーリ!」


「大丈夫だっ」


 私が精一杯伸ばした手を握ったユーリは、そのまま私を、私が抱いているアルバトスさんを、そしてアルバトスさんにしがみついているサーチートを抱きしめる。

 そして、私たちは全員で、呪文を唱えた。帰りたい場所を心に強く思い浮かべて。


「ホーム!」


 私たちに向かって兵士たちが再度矢を放っていたけれど、その矢がどうなったかというのは、私は知らない。


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