第37話・ユーリ、暴走


「死ねぇっ!」


 怒りに身を任せ、ユーリはジュニアスへと斬りかかる。

 もちろん、ノートンやオブルリヒト兵がユーリを止めようとするけれど、ユーリはノートンの雷の呪文を剣で受け止めて弾き、それで自分に襲い掛かろうとしていたオブルリヒト兵の半数を気絶させてしまった。


「何なのよ! この女っ!」


 ジュンもユーリに向かってファイヤーボールを連発したけど、ユーリは剣でファイヤーボールをジュンの方へと弾き飛ばした。

 なんとか直撃は避けたものの、自分のファイヤーボールで髪を焦がしたジュンは、このままではユーリに殺されると感じたのだろう、この場から逃げだした。


「な、なんだ、先程までとは全く違う、ユリアナのこの力はっ……」


 ユーリの体を覆う金色の炎のようなものが、ユーリの力を増幅させているようだった。

 その金色の炎にジュニアスとノートンは驚き、オブルリヒト兵は怯えた。

 その隙にユーリはジュニアスへの距離を詰め、剣を振り上げた。


「ジュニアス様ぁっ!」


「うっ!」


 振り下ろされるユーリの剣を、ジュニアスは間一髪のところで避けて地面に転がった。

 ジュニアスに声をかけたのはナディア様で、私はこの場にまだナディア様やアニーさんが居た事を思い出した。

 このままユーリがここで暴走を続けると、ナディア様とアニーさんにも危害が及ぶ可能性がある。

 早くユーリを止めないと!


「止めて、ユーリ! その人たちを殺しても、アルバトスさんは喜ばないよ! 逆に、今のあなたを見て、きっと悲しむよ!」


 暴走するユーリを止めたくて、私は叫ぶ。

 だけど、ユーリは、私の声に何の反応もしなかった。

 無視をされているのか、本当に聞こえないのかは、わからない。

 だけど、今のユーリには、私の声は届かないのだろうと思う。

 声が届かないなら、力づくで止めなくてはいけないんだけど、私にユーリを止める事ができるだろうか?

 できなくても、やらなければならないけれど……私にはその前に、試してみたい事があった。


「サーチート! 私に、呪文を教えて! 蘇生呪文、あるんでしょっ!」


 この不思議な異世界ルリアルーク……剣と魔法で戦う世界……。

 まるで、漫画やアニメ、ゲームの世界。

 この世界に蘇生呪文がないというのなら、私は命がけでユーリを止めにいくつもりだった。

 だから、


「うん、あるよ、オリエちゃん! リザレクションっていうんだよ!」


 と、サーチートが言ってくれた時、私は泣きそうになるくらい嬉しかった。

 呪文さえわかれば、あとは自分を信じるだけ。

 大聖女だとか、真聖女だとか、私は自分がそんな大層な存在とは思っていないけれど、今はステータスに載っていた、


 魔力:∞

 魔法:全て使える


 が本当であると、信じるだけだ。


「オリエちゃん、呪文の成功率を上げるには、少し時間がかかっちゃうけど、呪文の前に、自分の名前を言うといいらしいよ! こんな感じだよ!」


 サーチートは私の足元でころんとひっくり返り、お腹にスマホを出現した。

 そして画面に、今から私が唱えるべき台詞を表示してくれた。


「サーチート、ありがとう!」


「ぼくは、オリエちゃんのスマホなんだから、当然だよ! オリエちゃん、頑張って!」


 ひっくり返ってお腹のスマホを見せてくれたまま、サーチートはパチンとウインクする。

 うん、と頷いて、私はサーチートが表示してくれた台詞を口にした。


「糸井織絵が祈る、アルバトス・フェルトンの魂よ、元の体に戻れ! リザレクション!」


 私はそう唱えると、両手のひらをアルバトスさんの心臓の位置に置く。

 すると、私の手のひらから放たれた真っ白な光がアルバトスさんの体を包み込み、


「か、はっ」


 と、アルバトスさんは息を吹き返した。


「アルバトスさん! 良かった! 私がわかりますか!」


「せ、先生~」


 アルバトスさんに声をかけると、彼は驚いたのだろう、一瞬首を傾げたけれど、すぐに状況把握ができたらしく、こくりと頷いた。だけど、


「うぐっ……」


「アルバトスさん?」


 アルバトスさんは息を吹き返したけれど、まだ苦しそうだった。

 これは、ゲームで蘇生呪文を使った後、HPが一で蘇ったのと同じ状況って事?

 それなら、ほんの少しの衝撃で、また死んでしまうかもしれないって事?

 しかも、アルバトスさんの体には、毒が残ったままのようだった。

 私は慌ててアルバトスさんを抱きしめると、リカバーを唱えて解毒をし、続けてヒールをかけ続けた。


「アルバトスさん……お願い、ユーリを止めてくださいっ」


 アルバトスさんを抱きしめたまま、私はユーリへと目を向けた。

 ユーリはジュニアスとノートンの二人を同時に相手にしていた。

 ジュニアスの剣を避けつつ、ノートンの雷の呪文を剣で弾く――弾かれた雷の呪文で、庭園はぼろぼろになってしまっている。

 さすがにこのままこの場所に居れば、命の危険を感じたのだろう、アニーさんがナディア様を連れて、立ち去るのが見えた。


「おい、兵士たち! ユリアナの相手は、俺たちがする! お前たちは、盾の聖女を捕らえろ! その女は、本物の聖女だ! 絶対に逃がすな!」


「はいっ!」


 ジュニアスの命令に、動ける兵士たちが私の方へと走って来る。

 生き返ったばかりのアルバトスさんを抱えた私は、ここからすぐに動く事ができないし、このままでは捕まってしまう――そう思った瞬間、


「ウインドアロー!」


 というユーリの声が聞こえ、私の周りで兵士たちが全員バタバタと倒れてしまった。

 どうやら、風の魔法で兵士たちを倒したようだった。


「もう、やだあっ!」


 動けないところを助けてもらえて良かったんだけど、この状態はいつまで続くのだろう?

 ユーリが、この場に居る人たちを、全員殺すまで?

 この国自体を滅ぼすまで?

 それとも……ユーリやアルバトスさんが死んでしまうまで?


 この人たちが戦っている原因が、私にあるのはわかっていた。

 だけど、もうこんな戦いを、こんな殺し合いを見るのは嫌だと、私は思った。


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