第36話・悲しい別れ
「アルバトスさんっ!」
「伯父上!」
私とユーリは起き上がると、アルバトスさんの元へと駆け寄った。
「アルバトス先生ーっ!」
サーチートはアルバトスさんにしがみついて、泣いている。
アルバトスさんがジュンに刺されたのは、右の脇腹だった。
早くヒールをかけなくてはと思い、アルバトスさんへと手を伸ばした私は、彼の着ている服が、赤ではなく紫色に変色している事に気がついた。
どうしてこんな色になっているのかと混乱する私の隣で、
「毒か!」
と叫んだユーリが、アルバトスさんを刺したジュンを睨みつけた。
ジュンは、「えぇ、そうよ」と、嬉しそうに頷くと、
「だって、あなたたちは、犯罪者なのでしょう? それなら、この国のために、殺してしまわなければ、ね」
と、ニタリと気持ち悪く笑う。
「良くやったな、ジュン」
「ふふ、ありがとうございます、ジュニアス様。お役に立てたようで、嬉しいですわ。こんな事もあるかと、毒を塗ったナイフを持ち歩いていましたの」
この王宮に居て、毒を塗ったナイフを持ち歩いているジュンの異常さに、私はゾッとした。
この女、やはりどこかおかしい。
いや、ジュンだけでなく、こんなジュンをこの場で褒めたジュニアスも、おかしかった。
ジュンの気持ち悪い笑い声に苛立ちながら、私は今自分がやらなければならない事を、必死に考える。
刺された傷が深いから、まずはヒール?
それとも、毒を消すために、リカバー?
アルバトスさんから流れ続ける紫色の血を見ていると、頭が混乱した。
そんな私を見て、
「オリエさん、大丈夫、ですか?」
とアルバトスさんが言った。
「わ、私は大丈夫ですっ! 大丈夫じゃないのは、アルバトスさんじゃないですかっ」
私がそう叫ぶと、そうですね、とアルバトスさんは苦笑する。
アルバトスさんは刺された脇腹の痛みに顔をしかめながらも、呼吸を整えると、私に言った。
「オリエさんに、お願いが、あります。どうか、聞いてくれませんか?」
はい、と、私はもちろん頷いた。
「オリエさん、ユーリを、頼みますっ……。あの子の、そばに、居てあげてくださいっ……ずっと、そばにっ……」
「はい、もちろんですっ!」
「ありがとう……」
まるでこれが最期の願いだと言わんばかりの優しい表情で、アルバトスさんが言った。
私はこのかけがえのない人を失わないように、ヒールやリカバーをかけて彼を助けなきゃいけないってわかっているのに、アルバトスさんを失うかもしれない悲しみに、体が動かなかった。
「アルバトス先生ーっ!」
サーチートがはアルバトスさんに縋り付いて泣いていて、アルバトスさんは重い腕を持ち上げ、サーチートの体を優しく撫でる。
「サーチートくん……君はとても健気で、可愛い生徒でした……。もっと君と、たくさんお勉強をしたかったです……」
「ぼくもっ! ぼくもだよう~!」
サーチートは何度も頷き、小さな手でアルバトスさんの紫色に染まった服を握りしめた。
アルバトスさんはサーチートに、「ごめんね」と言って、最後にユーリを呼んだ。
「アルバトス……伯父上っ!」
「ユーリ……今まで、すまなかったね……。君に枷をつけて、檻の中に、狭い世界の中に、ずっと閉じ込めてしまった……。苦しかっただろう?」
自分に伸ばされたアルバトスさんの手を握りしめ、ユーリは首を横に振った。
アルバトスさんの言葉の意味は、私にはわからなかったけれど、ユーリは何度も首を横に振り、そんな事はなかったと繰り返す。
「あなたが育ててくれたから、私は今まで生きる事ができたのだっ……」
「ユーリ……」
アルバトスさんは、ユーリの言葉を聞いて、幸せそうに微笑む。
「君は、優しい子、だね……。大好きだよ……愛してる……これから先も、ずっと、愛してる……見守っているから……。もう、私という枷は、檻はない……君は、本当の君になって……これからは、自分の思う通りに……自由に、好きなように、生きていきなさい……」
アルバトスさんはユーリにそう言うと、自分の想いを伝えきって満足したたようにもう一度微笑み、息を引き取った。
「アルバトス! 伯父上ぇっ!」
アルバトスさんの亡骸を抱きしめて、ユーリが絶叫する。
同時に、ユーリの体を金色の炎のようなものが包み込んだ。
ユーリはアルバトスさんを地面にそっと寝かせると、ゆっくりと立ち上がり、その金色の綺麗な瞳に憎しみの炎を燃え上がらせて、ジュニアスを睨みつける。
そして――。
「お前ら……全員、殺してやる……。いや、もう、こんな国……滅ぼしてやる……」
と、呪いの言葉を口にし、地面に落ちた剣を拾うと、先程までとは比べ物にならないスピードで、ジュニアスに斬りかかっていった。
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