第35話・対決


「先程の転移アイテムは、素晴らしいものですね。アルバトス、あなたが作ったのでしょう? さすがですね」


 パチパチと拍手をしながら、ノートンが言った。


「だけどその頭脳、その才能、昔から本当に目障りです。あなたのような人間が、この世に居るなんて……そのせいで、私はっ!」


 恐ろしい形相で、ノートンがアルバトスさんを睨みつける。

ノートンはアルバトスさんを、ひどく憎んでいるようだった。

 一体、二人の過去に、何があったのだろう?


「父上……」


 ジュニアスはため息をつくと、様子を見守っていた王様へと目を向ける。


「父上、もう良いですね? ユリアナは盾の聖女を、この国から奪おうとしている、反逆者です。この者たちの始末し、聖女を守ります!」


「だが……」


「父上、あのオリエという聖女の力は、本物です! この国を守るだけでなく、攻めて来た者たちを、攻撃できる力を持っています。あの力を失う事は、我が国にとって大きな損失です!」


 大きな損失と言われても、私はこの国のために力を使う気はないんだけどなと思う。

 でも、ジュニアスは何としても私を捕まえるつもりなのだろう、煮え切らない王様を睨みつけるように見て、決断を迫っていた。

 王様は、ジュニアスとユーリを交互に見て、悩んでいるようだった。

 この国の王様としては、ジュニアスの言っている事を、当然の事だと思っているのかもしれない。

 だけど、王様はユーリの事を、本当に愛しているんだ。

 ユーリを始末すると言われて、素直に頷く事などできないのだろう。


「ユリアナ、ジュニアスの言う通り、その聖女をこちらに渡しなさい。そうすれば、お前やアルバトスの罪は、私がなんとかしてみせるから」


 王様はそう言ったけれど、ユーリは首を横に振った。

 そして、断ります、とはっきりと王様の申し出を拒絶する。

 この時の王様の表情は、とても痛々しかったけれど、ユーリはもう一度、


「ジュニアスにこの聖女を渡す事はできません」


 と言い切った。


「父上、ジュニアスと私の板挟みになって、お辛いでしょう。だから、この際はっきりと申し上げます。私という人間は、最初から居なかった者としてお考えください。あなたは私を自分の元で育てられなかった事を、後悔されているのかもしれないが、私の命は、あなたの元では育つ事ができなかった命です……。この意味を、あなたはわからないとはおっしゃいませんよね?」


 ユーリの言葉に、王様は一瞬大きく目を見開いて……それから深い息をつき、頷いた。


「だから、あなたの子供に、ユリアナ・オブルリヒトという名の者は、最初から居なかったものとして、お考えください。ただ……私が今生きていられるのは、私を命懸けで産んでくれた母上と、私を手放してアルバトス伯父上の元へと渡してくれた、あなたのおかげです。それだけは、あなたに心から感謝しています」


 王様は本当にユーリの事を愛しているのに、と私は思ったが、ユーリは淡々と言葉を続けた。

 王様は、また深いため息をつくと、


「わかった。ユリアナ、お前の言う通りとしよう……ジュニアス、もう、お前の好きにするが良い。この件は全て、お前に任せる」


 と言って、今のお妃様と共に、王宮の奥へと消えて行った。

 ユーリを愛しているのに、拒絶されたのがショックだったのか、それ以外の理由があるのかどうかはわからないけれど、もしかするとユーリが死ぬかもしれないところを見るのが嫌だったのかもしれないと、私は思った。






「ユリアナ、俺はずっと、お前を憎んでいた! 父上と同じ色を纏って生まれた……この世界の創世の王の色を持って生まれたお前を! ずっと!」


「こちらは、こんな色などいらなかった! 母上と、伯父上の持つ色だと良かったのにと、どれだけ思った事か!」


 このユーリの言葉、王様が聞くと、きっとさらに悲しんだだろう。

 ある意味、この場を立ち去って良かったのかもしれない。


「やっと、やっとお前を、殺す事ができる! 父上が俺に、その許可をくださった!」


「簡単には、殺させないさ!」


 ユーリとジュニアスは、互いに恐ろしい表情で睨み合っていた。

 殺し合いとか、嫌だ。しかも、この人たちは、実の兄と妹なんだ。すごく悲しい。

 そう、兄と妹。そして、男と女だ。

 ユーリは腕に覚えがある強い人なのだとは思うけれど、やはり男女の体格の差ってのはあって、少しずつ追い詰められていく。


「ユーリ!」


 アルバトスさんがユーリに加勢しようとすると、ノートンが邪魔をする。


「アルバトス! あなたの相手は、私です! 私も、ずっとあなたが気に入りませんでしたよ!」


「ノートン!」


 ノートンに邪魔をされたアルバトスさんは、ユーリを助けに行く事ができなくて、ユーリはどんどん劣勢になっていく。

 それなら私がユーリを助けようと動きかけると、


「オリエさん、駄目です! ユーリのところには、私が行きます!」


 と、アルバトスさんに止められた。


「サーチートくん、オリエさんに、例の呪文の説明をしてください! 私たちは今、それぞれがやらなければならない事があるはずです!」


 アルバトスさんがそう言うと、サーチートは、


「はい! わかりました!」


 と大変良い返事をした。そして私を見つめると、


「オリエちゃん、聞いて!」


 と、何かを説明しようとする。

 一体何の呪文なのかは知らないけれど、ピンチのユーリを助ける事よりも、重要なのだろうか?

 私がサーチートへと意識を向けた時だった。


「オリエ! 後ろ!」


 という、ユーリの悲鳴のような声が、耳に届いた。

 言われるままに後ろを向くと、ナイフを手に私に向かってくる女――ジュンがいた。


「あんたの相手は、私よ! 死んでしまえっ!」


 あ、このままじゃ、刺されてしまう――そう思った時、私とジュンの間に、ユーリが無理矢理体をねじ込んできた。

 そして、今度はユーリが私の代わりに刺されてしまうと思った瞬間、私はユーリごと誰かに突き飛ばされて、地面に転がった。

 私とユーリを助けてくれたのは、アルバトスさんだった――。

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