第40話・素敵な呪文
「オリエさん、まず、おさらいがてら、今の状況から説明を行います。先程、私とユーリは、オブルリヒト王宮からあなたを連れ戻しました。その際、大変王宮で暴れてしまいまして……あなたを連れ戻した事も含め、ジュニアス王子やノートンは、とても腹立たしく思っているでしょう。だから、おそらくジュニアス王子はこの村を滅ぼしにくるだろう……と、私は考えています」
「それは……そうでしょうね……」
私が頷くと、アルバトスさんも頷いた。
「ですが、オルブリヒト王国の王宮から、このシルヴィーク村までは、距離があります。また、ユーリが派手に暴れてきましたから、ジュニアス王子たちは隊を編成するのに、時間がかかるはずです。だから、私たちは作戦を立てました。ジュニアス王子たちが来る前に、この村に、どんな攻撃を受けても消える事のない、最強の防御結界を張ってしまおうという作戦です。オリエさん、どうか力を貸してください」
アルバトスさんが言った事があまりにも大がかりな事で、私は驚いた。
もちろん力は貸すつもりだけど、私にそんなすごい防御結界を張る事ができるのだろうかと、不安になる。
そんな私の気持ちに気付いたのだろう、アルバトスさんは優しく笑うと、
「大丈夫ですよ」
と言ってくれた。
「あなたは、私を生き返らせてくれたじゃないですか。どうか、ご自分の力を、信じてください」
自分の力を信じる、か……。確かにそうかもしれない。
あの時――アルバトスさんを生き返らせるために、蘇生呪文を使った時のように。
「というか、自分の力を信じてやり遂げてもらわなければ、こちらが困ります。プレッシャーをかけるつもりはありませんが、この防御結界は、あなたでないとできないでしょうし、この作戦はあなたの力を前提とした作戦なのですから」
「え?」
どういう意味なのだろう?
私が首を傾げると、苦笑したアルバトスさんは、淡々と続けた。
「これは、あなたの力頼りの作戦なのですよ。この防御呪文――箱庭(ミニチュア・ガーデン)を成功させるためには、多くの魔力を必要とします。私では、命をかけたとしても、持続効果はホンの数日でしょう」
多くの魔力……普通の人の魔力量がどのくらいなのかはわからないけれど、私の魔力は∞らしいから、私頼りの作戦になるのはわかるんだけど……。
「でも、私が失敗したら、どうなっちゃうんですか?」
「そうですね……その時は、私がホンの数日であろうが、時間を稼ぎ、ユーリがオブルリヒト兵相手に死闘を繰り広げる事になるでしょうね……」
「そんな……」
何でもない事のようにアルバトスさんは言ったけど、それはみんなが死んでしまうという事ではないだろうか。
もちろん、そうならないために、アルバトスさんとユーリは動くつもりなのだろうけど、この二人は自分の命を大切に思っていないのでは、と思う時がある。
もちろん、このシルヴィーク村の人たちを想っての事なのだと思うけれど。
「ねぇ、オリエちゃん、思い詰めないでね」
腕に抱いていたサーチートが精一杯体を伸ばし、小さな手でぺちぺちと私の頬に触れた。
「あのね、オリエちゃん。ぼくは、アルバトス先生から、いろんな事を教えてもらったんだけど、その中で、素敵な呪文を教えてもらったって言っていたの、覚えてる?」
「そう言えば、そんな事を言ってたね」
攻撃魔法と回復魔法の説明をしてくれた時に、どんな呪文なのかまでは教えてくれなかったけれど、確か素敵な呪文を教えてもらったって、言っていたような気がする。
「あのね、オリエちゃん。それが、これからオリエちゃんが使う事になる、箱庭(ミニチュア・ガーデン)の呪文なんだよ。この呪文はね、さっきアルバトス先生が言ったみたいに、強力な防御結界でこの村を囲うものなんだけどね、ぼくはこの呪文の事を聞いた時、すごく素敵な呪文だって思ったんだ」
「どうして?」
「だって、この呪文が成功したら、箱庭の防御結界の中で、みんなで平和に、楽しく暮らす事ができるんだよ。それって、ものすごく幸せな事だなぁって、ぼくは思ったんだよ」
そう言って、サーチートは嬉しそうに笑った。
「ぼくはね、みんなでずっと、平和に楽しく、幸せに暮らせたらいいなぁって思うんだ。ぼくと、オリエちゃんと、ユーリちゃんと、アルバトス先生と一緒に。みんなであのおうちで、ずっと一緒に暮らしていくんだよ。それは、なんて幸せな事だろう。だからね、オリエちゃん。みんなが平和に楽しく、幸せに暮らすために、箱庭の呪文を唱えたらいいんじゃないかなぁ」
「サーチート……」
やる事は同じだけど、気持ちの問題なのかもしれない。
サーチートの言葉を聞いて、私は肩の力が抜けたような気がした。
「そうだね。私もみんなと、あのおうちで、この村で、平和に楽しく、幸せに暮らしたいよ。だから……やってみるね」
「うん、オリエちゃんなら絶対にできるよ! それに、ぼくだって居るしね!」
サーチートはそう言うと、私の手の中でころんと仰向けにひっくり返り、お腹にスマホを出してくれた。
そう、私にはサーチートが居てくれる。
私が知らない事、わからない事は、サーチートが教えてくれるんだ。
サーチートはそのために、アルバトスさんの元でたくさん勉強をしてくれているんだ。
「アルバトスさん、箱庭の呪文の事、教えてください! 私、やります!」
私がそう言うと、アルバトスさんは少し泣きそうな表情で笑って、ありがとう、と言った。
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