第15話・呪いの毒



 家に戻った私は、ユーリにリカバーを試してみた事、そうしたら頭の中に、めちゃくちゃにもつれた糸のような物のイメージが広がった事、そしてそのもつれた糸のような物が呪いの正体で、解毒を邪魔しているのではないかという事を、アルバトスさんに伝えた。

 アルバトスさんは驚いたようだったが、暫し黙り込んで考えた後、


「そうなのかもしれません」


 と呟くように言った。


「オリエさん、その糸のような物を、何とかできそうですか?」


「わかりません。でも、その糸のような物を切るか解くかしたら、呪いは解けるような気がするんです。私、試してみようと思います」


 私がそう言うと、アルバトスさんは頷いた。

 私は再びユーリの手を握り、目を閉じて、リカバーと唱える。

 すると、頭の中に再びひどくもつれた糸のようなイメージが広がった。


「この糸を、切るか、解く……」


 私はこの糸のような物へと近づきたいと願った。

 すると私の体はもつれた糸のようなもののすぐそばまで移動して、手を伸ばせば触れる事ができた。

 目の前に、糸のような物の端の部分が、垂れ下がっていたのだ。

 糸の太さは、三ミリから四ミリくらい。

 今後、もう面倒なので、糸のような物は、糸って言う。


「これ、多分、切らない方がいいような気がする……」


 もしも切ってしまったら、ユーリの体に何かが起こってしまうかもしれない。

 だから、解くしかないんだって、私はそう思った。

 目の前に垂れ下がった糸の端から少しずつ解いていけば、いずれ全て解く事ができるだろう。

 ものすごく根気が必要な作業だけど、何とかなるような気がした。

 だって、私の趣味の一つに編み物があるんだけど、もつれた糸は切らずに解くのが私のポリシーなのだ。

 でも、もつれた糸の結び目は固く、上手く解く事ができない。

 固い結び目の解き方って、糸をくいくい引っ張っていたら、少しずつ緩んでくるものなんだけど、これはすごく長期戦になりそうだ。

 でも、絶対に解いてやる!


「よし、やるか」


 覚悟を決めた私は、糸の端を手にし、引っ張った。






「できたっ」


 頭の中に広がっていた、もつれた糸を解き切った私は、そう叫ぶと目を開けた。


「できた! ユーリ、解いた! だから、今ならいけると思う! 今度は、解毒する!」


 ユーリの手をしっかりと握って、異常回復呪文のリカバーを再び唱える。

 すると、私が握ったユーリの手の部分から彼女の体全体に淡く白い光が広がって、青紫色の醜い痣が消えていった。


「オリエ……」


「やった、やったよ、ユーリ……。できたよっ……」


 私はユーリの手を離すと、アルバトスさんを見た。


「アルバトスさん、次はあなたです。手を、貸してください。この感覚を忘れないうちに、やります」


「はい、ありがとうございます」


 差し出されたアルバトスさんの手を握り、私は目を閉じ、リカバーを唱えた。

 ユーリの時と同じように、頭の中にもつれた糸のイメージが広がる。

 まずは、この糸を解いて、呪いを解く。


「できたっ」


 コツを掴んだのか、アルバトスさんの糸は、ユーリの時よりもずいぶん早く解く事ができた。

 だけど、これで終わりじゃない。

 今度はアルバトスさんに、解毒のためのリカバーをかける。


「やった!」


 ユーリの時と同じように、アルバトスさんの青紫色へと変色していた肌が、本来の色を取り戻していく。

 そして、呪いの毒の青紫色はアルバトスさんの体からも、完全に消えていった。

 やったぁ、とバンザイして喜ぶと、立ち上がったユーリが私の体をぎゅっと抱きしめてきた。


「オリエ、君って人は!」


 顔から青紫色の痣が消えたユーリは、やはりすごく美人だった。

 健康的な褐色の肌に、銀色の髪、金色の瞳。

 うん、やっぱりすごく綺麗。痣を消してあげられて良かった。

 アルバトスさんの方も、健康的な肌色に戻っていた。

 彼は私を見ると、「オリエさん、ありがとうございます」と言った後、水色の髪をかき上げ、明るい緑の瞳を細め、困ったように笑った。


「あの、どうかしましたか? 私、何かやっちゃいました?」


 私、二人を助けてあげられたって思っていたんだけど、何か困った事をしてしまったのだろうか?

 不安になって聞いてみると、アルバトスさんは首を横に振った。


「いえ、呪いの毒を取り除いていただいて、ありがとうございます。とても嬉しいです。ただ……」


「ただ?」


「あの呪いの毒を取り除けるとは、やはりあなたが、聖女だったのだな、と……」


「あぁ、そうだね……」


 呪いの毒を取り除けるという事は、聖女、なのだろうか。

 それって、何かまずかったのだろうか?

 私の体から腕を解いたユーリを見上げると、彼女も少し困った表情をしていた。


「アルバトス先生」


 テーブルの上で、今まで黙っていたサーチートが、ちょこちょことアルバトスさんの前まで進み出て、テーブルの上に置かれた彼の手に、小さな自分の手を重ねる。


「あのねぇ、アルバトス先生。オリエちゃんはね、聖女じゃないんだよ」


 と言ったサーチートに、ユーリもアルバトスさんも、「え?」と驚いた。

 そんなはずない、と呟く二人に、サーチートは、


「あのねぇ、オリエちゃんは聖女じゃなくって、大聖女なんだよ」


 と、まるでとっておきの秘密を教えてあげる、みたいな上から目線のドヤ顔で言ったのだ。

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