第16話・偽物と本物
「聖女じゃなくって、大聖女?」
「そう、聖女じゃなくって、オリエちゃんは大聖女なんだ! 聖女の何倍もすごいんだよ! どう? びっくりした? ぼくのオリエちゃんは、すごいでしょ!」
「ちょっと、サーチート!」
私は慌ててサーチートの体を抱き上げると、口を塞いだ。
このままサーチートを放っておくと、この子はいろいろと口を滑らせてしまいそうだ。
「オリエ、どういう事だい? 」
「えと……」
なんて答えようかと悩んで考え込んでいると、顔をもぞもぞと動かし口を塞いでいた私の手から逃れたサーチートが、また余計な事を口にする。
「だって、オリエちゃんのステータスに、そう書いてあるんだもん! まぁ、ぼくはステータスを見なくても、オリエちゃんの事なら、何だって知っているんだけどねっ!」
「サーチート!」
私はまたサーチートの口を塞ごうとしたが、間に合わなかった。
ユーリとアルバトスさんの視線が、私に向けられる。
「オリエ、説明してくれないか?」
「説明って言われても……」
なんて説明をしようか。
私はサーチートをしゃべらせないようにしっかりと小さな口を押えながら、ため息をついた。
「確かに、ステータスを使って自分の事を確認したら、大聖女とか書いてはありましたけど、そんなはず、ないから……」
「どうしてだい?」
「そりゃあ、聖女っていうのは、若くて美しい女らしいからです。私は若くもないし、美しくもないから、違うでしょう……」
この世界に召喚された時から、ずっと言われていた事だ。
聖女は、若くて美しい女。
私は、醜く太った年増の豚女とか言われていたのだ。
だから、若くて美しい女でない私は、聖女ではない。
でも、ユリアナとアルバトスさんから呪いの毒を取り除けた事は、心の底から良かったと思う。
「オリエさん、ステータスに載っていた、あなたの魔力量はどのくらいですか」
「え?」
魔力量って、∞って書いてあったやつかな。
でも、あれっておかしいよね。∞って、どういう事なのだか。
正直に言って信じてもらえるかわからないし、どう答えるべきか悩んでいると、また私の手から抜け出したサーチートが、あっさりと答えてしまう。
「アルバトス先生、オリエちゃんの魔力はね、いっぱーいなんだよ。だって、大聖女だもの。尽きる事なんてない、無限の魔力なんだよ」
なんて答え方だと心の中で突っ込んだが、それを聞いたアルバトスさんは、暫くの間俯いて黙り込み、何かを考えているようだった。
ユーリは私の顔をじっと見つめていて、私はユーリの視線から逃れるように俯いて、腕の中に居るサーチートを見つめた。
サーチートは私を見上げ、でへ、と笑う。ちょっと憎たらしい。
「オリエさん」
「は、はいっ……」
アルバトスさんに呼ばれ、私は顔を上げてアルバトスさんを見た。
俯いていたアルバトスさんは顔を上げると、真剣な表情で私を見つめ、言った。
「オリエさんは、元の世界に戻りたい、という事でいいですか? あなたは、元の世界に戻りたいと言っていましたよね?」
「そりゃあ、そうですけど。でも……」
でも、魔力の関係で、それは次の満月までできないという話だったはずだ。
それを言うと、「確かに」とアルバトスさんは頷いた。
「確かに、術を発動するための魔力が足りないので、あなたがこの世界に来た時と同じように、満月の魔力を利用するしかないと思っていました。ですが、オリエさんのその魔力を使わせていただければ、次の満月を待たずにできると思います」
「え?」
「足りなかったのは、術を発動する際の魔力だけですからね。だから、それさえクリアできるのなら、二、三日中に準備できると思います。まぁ、私の足りない魔力の補充分として、あなたには大量の魔結晶を作ってもらわなければなりませんが」
「魔結晶……」
確か魔結晶って、この世界のコンロやオーブンの動力源だったよね。
電池替わりに使って、魔力のチャージもできるって言っていた物。
それを、私が作るの? 私に作れるの?
「オリエさん、あなたが元の世界に戻りたいと思っているのなら、急いだ方がいいです。元の世界のあなたの命が尽きる前に、というのもありますが、あなたが本物の聖女だという事が、今回の聖女召喚に関わった者に知られたら、あなたはもう元の世界に戻る事はできません……」
「え? どうして、ですか?」
驚く私に、「確かにね」と、ユーリが頷いた。
「でも、この国の人たちは、あの若くて綺麗な女の子が聖女だって言ってたし……」
「確かに、最初はそう思い込んでいたのでしょう。だけど、近いうちに誰かが必ず気づくはずです。今は聖女だともてはやされている女性が、聖女ではない事に。そして同時に、あなたが本物の聖女である可能性に気づくのです」
「え?」
「あなたが魔法を使える事は、オブルリヒトの兵士が証言するでしょう。あなたは彼らの目の前で、サーチートくんをヒールで治したのですから。その報告を聞いたジュニアス王子かノートンは、あなたこそが本物の聖女だったのではないかと考えるはずです」
「そんな……」
「あなたが本物の聖女である可能性に気づけば、ジュニアス王子たちは、ここに確かめに来るはずです。彼は、私たちがあなたを預かっている事を知っていますから。そして彼らがここに来れば、あなたが聖女だという事が彼らに知れてしまうでしょう。何故なら、何人もの医師や魔術師、賢者でも消す事ができなかったあの呪いの毒が、私とユーリの体から消えているのですから。あなたが本物の聖女である事を知った彼らは、あなたを連れて行くでしょう。そうしたらもう、元の世界に戻る事はできません」
アルバトスさんの説明はわかりやすかったけれど、私にはどうしても信じられなかった。
「じゃ、じゃあ、あの女の子は一体何なの? それに、聖女じゃないからって放り出したくせに、殺そうとしたくせに、私を連れていくって、そんな勝手なっ」
「あいつらは、勝手な人間なんだよ。自分が君に対して行った事や、君の都合なんて考えない、自分勝手な人間なんだ。少なくともあの愚兄は……ジュニアスはそういう男だ。もう一人の女性の事も、上手く収めるだろね」
深いため息をつき、ユーリが吐き捨てるように言った。
彼女は本当に自分の兄であるジュニアス王子の事が嫌いなようだった。
「あの、連れて行かれたら、私、どうなっちゃうの?」
「多分、オリエは聖女として祀り上げられるだろう。そして……多分聖女としての役目を果たせと詰め寄られるだろうね。今回の聖女召喚の儀は、他国や魔物たちからこの国を守るために行われたから、その役目を果たさせるために、全ての自由を奪って、どこかに閉じ込められるかもしれない」
「そんなの、嫌だよっ!」
私は首を横に振った。そんなの、絶対に嫌だ。
でも、あの女の子も、そういう事をさせられているっていう事なのかな?
それを聞くと、ユーリは苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「もう一人の方は、そういう目には遭ってはいないと思うよ」
「どうして?」
「あちらの方は、君よりもずいぶん世渡りが上手そうだからさ」
「え?」
どういう意味だろう?
確かに私は、世渡りが上手い方ではないんだけど……。
「あちらの方は、愚兄にしっかり媚びてらっしゃったからね……。例え聖女ではない事が発覚したとしても、そちらの方で上手く立ち回るのではないかな」
ジュニアス王子に、媚びる? 上手く立ち回る?
もしかして、あの女の子はジュニアス王子と、そういう関係になっちゃったという事だろうか。
もしもそうなら、多分私には無理だ。絶対にできない。
まぁ、あちらの方も無理でしょうが。
「オリエさん……もしもあなたが聖女としてあの国に尽くしても良いとお考えなら構いませんが、そうでないのなら、元の世界に戻られる方が良いかと思います。あなたは、どうしたいですか?」
改めてアルバトスさんに今の気持ちを聞かれ、
「元の世界に、戻りたいです」
私は、はっきりとそう言った。
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