第171話・サーチートの涙



「うわあっ!」


「ちょっとサーチート! 何してるの!」


 エミリオはこの場に引きずり出されて椅子に縛り付けられた後は、ずっと俯いていたんだけど、テーブルの上を何かが近づいてくる気配が気になったんだろう、サーチートが体当たりをする瞬間に顔を上げてしまったのだ。

 その結果、サーチートの攻撃を顔面で受けてしまうことになり――彼の顔はサーチートの鋭い針で抉られてしまった。

 驚きと痛みで、エミリオは体をよじり、椅子に縛り付けられたままバタンと後ろに倒れ、床に頭を強く打ち付けた。

 サーチートはさらにエミリオの体に乗っかって、小さな手でエミリオの血だらけの顔をぺちぺちと叩き続ける。


「アルバトス先生が! アルバトス先生が! そんな悪いことをするはずないじゃないか! 君は嘘つきだ! どうしてそんなひどい嘘をつくんだ!」


「ちょっと! ちょっとサーチート、落ち着いて!」


 サーチートを止めようとするけれど、サーチートは捕まえようとする私の手をすり抜けて、再びエミリオの顔をぺちぺちと叩く。


「許さないぞ! ぼくは絶対に嘘つきの君を、許さない! アルバトス先生に濡れ衣を着せようとする君を、絶対に許さない! 君なんて、大嫌いだ!」


「もう、サーチート! お口チャックして!」


 お口チャックという言葉に、びくりと体を震わせたサーチートの動きが一瞬止まる。

 その隙を見逃さずにサーチートを抱き上げた私は、サーチートの小さな体を、ぎゅっと抱きしめた。

 サーチートの体は、いつものふわふわの感触に戻っていた。

 さっきは人を傷つけるトゲトゲの体だったけれど、私が触った瞬間に元に戻った。

 私を傷つけないようにしてくれたんだよね。優しいね、サーチート。


「アルバトスさんを悪く言われて、悔しかったんだね。サーチートはアルバトスさんが大好きだもんね。でも、あれはやりすぎだと思うよ」


 顔を血だらけにしているエミリオを見て、私は言った。

 だけどサーチートは泣きながら、だって許せない、あいつ嫌い、を繰り返している。

 仕方ないかぁ……。サーチートは本当にアルバトスさんのことが大好きだものね。

 大好きな人が悪く言われて、ショックを受けたんだよね。

 私はサーチートを抱っこしながら、バッグの中に手を突っ込み、アイテムボックスの中から低級ポーションを取り出した。


「あの、これ、使ってあげてください」


 アントニオさんに低級ポーションを手渡すと、アントニオさんはそれをエミリオの顔にぶっかけた。

 本当は中級も上級も特級もあるけど、どんな理由があるにせよ、アルバトスさんを悪く言うエミリオのことを私も怒っているから、出来のいいポーションをあげたりしない。

 でも――。


「ん? 低級だと思ったが、中級だったか? 治りが早いな」


 渡したポーションは低級なのに、中級くらいの効果を発揮してしまったらしい。

 なんか複雑だ!


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