第83話・聖女の慈愛と良くないもの



「あの人、なんて戦い方をするんだよ。やっぱ、どんどん人間離れしてる」


 なんて言うジャンくんの声も聞こえたけど、怪我はしたけれど、ユリウスが巨大熊を倒した事に、私は胸を撫で下ろした。


「ユリウス! 大丈夫?」


 声をかけると、振り返ったユリウスは頷いた。


「オリエこそ、大丈夫か!」


「うん、私はっ……」


 私はユリウスの元に駆け寄ろうとしたのだけれど、木にぶつけた背中が痛んで、足を止めてしまった。


「オリエ!」


 すぐにユリウスが駆け寄ってきて、私を抱き上げてくれる。

 私はユリウスに抱きかかえられながら、彼の傷を治さねばと、ユリウスの左肩を診ようとしたのだけれど、ユリウスは、まずは私の回復が先だと言って聞かなかった。

 だから、ユリウスの事が心配だったけれど、まずは自分にヒールをかける。

 ヒールをかけると、木にぶつかった時の痛みは瞬く間に消えていった。


「もう、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」


 と伝えると、ユリウスは安心したように金色の瞳を細めて笑った。


「次はユリウスの番だよ。でも、あれ?」


 左肩にあの巨大熊の強烈な一撃を受けたのだから、ひどい怪我をしているはずなのに、ジャケットを脱がせてみると、予想をしていたほどではなくて、私は驚き首を傾げた。


「どうかした?」


「あ、うん。大した事がなくて良かったって……」


「え? あぁ、戦っていた間に、少しずつ回復していたからね。多分、聖女の慈愛のおかげだと思う」


「聖女の慈愛?」


 何それ、と尋ねると、ユリウスは不思議そうな表情で私を見つめた。


「オリエがかけてくれたんじゃないのか? いつの間にか、俺のステータスに表示されてたんだけど……」


「え?」


 聖女の慈愛って、何なのだろう?

 聖女ってついているからには、きっと私がかけたのだと思うんだけど。


「オリエちゃん、聖女の慈愛っていうのはね、聖女がたった一人の愛する人にかける事ができる、防御系の呪文だよ! 防御力の上昇や、自動回復を行う事ができるんだ!」


 サーチートがドヤ顔で説明してくれたけど、その呪文をかけた覚えのない私には、そうなんだ、と呟くしかなかった。


「無意識のうちにかけてくれたって事かな?」


「そうかもしれない」


 そんなすごい呪文を、無意識にかけられるのかどうかはわからないけれど、私がその呪文をかける対象は、ユリウスしか居ない。

 私はまだユリウスの左肩に残っている、巨大熊がつけた傷をヒールで治しながら、聖女の慈愛という呪文がこれからも彼を守ってくれるようにと願った。






「ねぇ、あの熊、もっと大きくなかった?」


 ユリウスが倒した巨大熊の死体に近寄ると、ユリウスが戦っていた時に比べて、だいぶ小さいように思った。

絶対に、三メートルもないように見える。


「多分、死んだから縮んだんだと思う。いや、あの魔結晶から解放されたから、元に戻ったと言うべきか」


 ユリウスはそう言うと、蹴り飛ばした巨大熊の首に近づき、まだ黒い魔結晶が突き刺さったままの熊の首を無造作に持ち上げると、見せてくれた。

 黒い魔結晶が突き刺さったままの熊の首は大きくて、元に戻ったという体に合わせれば、ずいぶん頭でっかちな熊になるだろう。

 という事は、首を飛ばされた熊は本当なら三メートルもない大きさ(それでも大きいとは思うけど)で、黒い魔結晶から離れた体が元の大きさに戻り、まだ魔結晶が突き刺さったままの頭の部分は巨大化したままという事になるのだろうか。


「ユリウス、それ……その黒い魔結晶、なんか嫌だ……」


 私はその黒い魔結晶を見た瞬間、背筋がゾクリとした。

 あれは、良くないものだと……そう思う。

 ユリウスも同じような事を感じていたのだろう、あぁ、と頷いた。


「確かに、俺もこれは良くないものだと思う。だから、本当なら壊してしまいたいところだけれど、このままマジックバックに入れて、ビジードのギルドに渡そうと思う」


「ビジードのギルドに?」


「あぁ。今回の件は、誰かがこの熊に黒い魔結晶を突き刺して、無理矢理魔物化させた可能性があるからな。ギルドに情報を渡したい」


 なるほど、確かにそうだと私は頷いた。

 ギルドに情報を渡せば、大事になる前に何かしらの対策ができるかもしれない。


「じゃあ、これは俺のマジックバックに……っ」


「ユリウス?」


「大丈夫、ちょっと切ってしまっただけだよ」


 黒い魔結晶つきの巨大熊の首をマジックバックにしまおうとして、ユリウスは黒い魔結晶で手を傷つけてしまったらしい。

 すぐにヒールをかけて傷は治したけれど、あの黒い魔結晶はやはり壊してしまった方が良かったのではないかと、私は思った。


 熊の死体を回収した私たちは、スモル村に戻る前に、この熊が居たはずの洞窟へと向かった。

 洞窟の中にはもう何も居なかったけど、洞窟の奥に壊れた魔法陣が残っていた。

 この魔法陣がどんなものなのかはわからないけれど、これも良くないものだと私は感じた。

 怖くなってユリウスのジャケットを握りしめると、彼は私を抱き寄せ、大丈夫だよ、と言ってくれた。


「でも、この魔法陣が、何なのかが気になるな……。伯父上に見せる事ができればいいんだけど……」


「じゃあ、ぼくがアルバトス先生に見せるために、写真を撮ってあげるよ! さっきの黒い魔結晶が突き刺さった熊の写真も、撮ったんだよ!」


 サーチートは立ち上がると、白いお腹にスマホを出してシャッターを切る。そして、


「ねぇ、こんな感じでいい?」


 と地面にころんと転がりって、お腹のスマホで撮影した写真を見せてくれた。

 サーチートの言った通り、先程の黒い魔結晶が突き刺さった熊の写真もある。(生首だけど)


「ぼく、後から、この黒い結晶の熊の事と、魔法陣の事を、アルバトス先生に伝えてておくね」


「うん、サーチート、お願いね」


「任せてよ、オリエちゃん!」


 小さな手で握り拳をつくり、とん、と胸を叩いてサーチートが言った。

 わからないという事は不安な事だ。

 だけど、それがわかれば、少しは心が軽くなる。

 今の私やユリウス、サーチートでわからなくても、きっとアルバトスさんが不安の正体を突き止めてくれるだろう。



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