第92話・黒魔結晶


 ビジードのギルドマスターであるゴムレスさんが私たちを連れてきたのは、地下にある大きな部屋だった。

 広さも高さも、学校の体育館くらいで、地下だからか、かなりひんやりしていて、私がキョロキョロとしていると、ここは特別解体室だとゴムレスさんが教えてくれた。


「ギルドマスター、お呼びですか?」


「何かあったんですか?」


 私たちに少し遅れて特別解体室へと入って来たのは、緑の髪に青い瞳をした二十代後半くらいの女の人と、ゴムレスさんと同じくらい逞しい体格の、明るい茶色の髪をした四十代くらいの男の人だった。

 二人はユリウスを見ると驚いたようだったが、すぐにゴムレスさんへと視線を戻した。


「この二人は、うちの副ギルドマスターのジルと、解体長のヴォークだ。ジル、ヴォーク、さっきこの兄ちゃんが、黒の魔結晶の件で、俺に会いに来た。一緒に話を聞いてくれ」


 ゴムレスさんが紹介してくれたジルさんとヴォークさんは、私とユリウスを見ると、それぞれ名乗った。


「俺は、ユリウス。彼女は俺の妻のオリエだ」


「ご夫婦、ですか? うわあ、あなたたち、すごい組み合わせですね」


「え? どういう事ですか?」


「創世王と神聖女の組み合わせの色ですよ。多分、一番多い組み合わせじゃないかしら。私が持っている絵本も、あなた方の組み合わせです」


「そうなんですか?」


「ええ。だからさっき、お二人を見た時に、ものすごく驚いちゃいました」


 ジルさんは興奮気味にそう言ったけれど、ゴホンとゴムレスさんが咳払いをすると、我に返ったようでごめんなさいと頭を下げた。


「で、お前は黒魔結晶の何を知っているんだ?」


 ゴムレスさんに聞かれたユリウスは、近くの解体台に近づくと、マジックバックの中から巨大熊の首と体を取り出した。

 ジルさんが、ひっ、と小さな悲鳴を上げ、ゴムレスさんとヴォークさんが目を見開く。


「こ、これは……」


 巨大熊の額には、まだあの黒魔結晶が突き刺さったままだ。


「スモル村近くのゴヤの森に居た奴だ。額にあるのは角ではなく、黒魔結晶だ。この黒魔結晶で、森に居た巨大熊が魔物化し、その影響で森に居た他の動物たちも魔物化して人を襲うようになっていた。この黒魔結晶は、何者かが故意にこの巨大熊に突き刺したものだと考えられる。だから他にこのような事がなかったか気になったので、俺たちはこの冒険者ギルドに聞きに来たんだ」


 ユリウスの説明を聞いたゴムレスさんは、そうか、と頷き、情報提供した事にお礼を言った。


「実はあんたが言う通り、各地のギルドから、この黒魔結晶の情報が届いているんだ。だから近い内に全ギルドで、この黒魔結晶の回収依頼を出す事になっている」


「回収か? 破壊でなく?」


「あぁ、回収だ。この黒魔結晶はかなり危険なものでな、直接触れた者を何らかの異常状態にするんだ」


 ゴムレスさんの話では、この商都ビジードの冒険者ギルドでは、この黒魔結晶が持ち込まれたのは今回が初めてらしいけど、他のギルドからの情報によると、この黒魔結晶が刺さった魔物などの対象を倒した後、素材の一部だろうと直接この黒魔結晶に触った冒険者が、突然凶暴化して仲間に襲いかかったという事や、全身を毒に侵されてしまった者、正気を失って廃人のようになってしまった者などが居たらしいのだ。

 だけど、この魔結晶は破壊しようとしてもかなりの硬度があってできないらしく、その場に放置すると別の被害が出る可能性がある。

 幸いな事に、直接黒魔結晶に触れなければ異常状態になる事はないという事がわかったらしく、冒険者ギルドでは、この黒魔結晶を回収して消滅させる事を決めたのだそうだ。


「ユリウスって言ったな……あんたは大丈夫だったか? なんともなかったか?」


 心配そうに言ったゴムレスさんに、ユリウスは頷いた。


「あぁ、俺は……毒と高熱と……悪夢くらいで済んだよ。運が良かったんだろうな」


「そうか、良かったな。黒魔結晶に直接触れてしまった冒険者は、心身共に病んでしまっている者が多いらしい。中には、死んでしまった者も居ると聞いている。あんたは本当に運が良かったんだな」


「あぁ、そうだな」


 あの黒い魔結晶がすごく良くないものという気はしていたけれど、これほどひどいものだったなんて。

 もしかするとユリウスを失っていたかもしれないと思うと、体が震えて止まらなかった。

 ユリウスが、大丈夫だよ、と言って体を抱き寄せてくれたけど、あの黒い魔結晶は存在してはならないものだ。


「あの、オリエさん、大丈夫ですか? 別室で休まれますか?」


 ジルさんがそう言ってくれたけれど、私は大丈夫だと首を横に振った。

 今はユリウスから離れたくなかったし、しっかりと話を聞いておきたかった。

 話は後からユリウスに聞けるかもしれないけれど、あまりにもひどい話だと、私を気遣って隠し事をする可能性もあるしね。


「あの、この黒魔結晶を消滅って、一体どうするんですか?」


「あぁ、それは、こうするんだ」


 ゴムレスさんはジルさんから小さな小瓶を受け取ると、まだ巨大熊の額に突き刺さったままの黒魔結晶に、中身の透明な液体をかけた。

 透明な液体をかけられた黒魔結晶は少しずつその色を黒から透明に変え、消滅した。


「これは、高レベルの神官が作った聖水だ。聖水は今のように呪いを解いたり、魔物を遠ざける力も持つ。各ギルドで聖水を用意して、持ち込まれた黒魔結晶は、確実に消滅させるようにする。だからあんたもまた黒魔結晶を見つけたら、回収してギルドに持ち込んでくれ。報奨金を出すからな」


「あぁ、わかった」


 ゴムレスさんの言葉に納得し、私たちは頷いた。

 この危険な黒魔結晶を消滅させる方法があるというのなら、是非とも協力しなければと思った。


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