第177話・黒幕の名前



「おい、どういうことだ! お前がユリアナ王女だと? そんなこと信じられるか! お前はどこをどう見ても男じゃないか!」


 大声で叫ぶアントニオさんに、そうだよなぁ、とユリウスは苦笑する。


「俺も、誰にどう見られても男にしか見えないと思うんだけどねぇ」


「どういうことなんだ! わけがわからねぇ! おい、説明しろ!」


 アントニオさんに詰め寄られたユリウスは頷いた。

 そして、ちらりとアルバトスさんへと視線を移す。


「あぁ、説明ね……それは、後ほど伯父上、お願いできますか?」


『おや、私に丸投げですか?』


「えぇ。伯父上は説明がお上手でしょう? 適材適所ってやつですよ。俺のこと、伯父上のことの説明をお願いします」


『説明するのは別に構いませんが、説明をすればあなたにとって面倒なことになるのでは?』


「大丈夫ですよ。面倒だと思えば、消えるだけです」


 ユリウスの言葉を聞いたアルバトスさんは、三秒ほど目を閉じると頷いた。

 多分その三秒ほどで、言うべきこととそうでないことを整理したのだろう。

 言うべきことはユリウスのこととアルバトスさんのこと。

 そうして言わないことは、きっと私のことだ。


「おい、説明しろって!」


 アントニオさんがずっと机をバンバン叩いているんだけど、机をバンバン叩くたびに、一生懸命お腹のスマホを見せてくれているサーチートが驚いて震えるので、やめてあげてほしい。

 私と同じようにサーチーとが可哀想だと思ったのかな、アントニオさんの腕を掴み、ユリウスが止めてくれた。


「やめろ。サーチートが驚くだろう」


「お前たちがさっさと説明すれば済むことだ!」


「説明しないとは言っていない! 後から伯父上に説明してもらう。それよりも今は、はっきりさせたいことがある。そちらを優先させたい」


「それはなんだ!」


「本当の黒幕が誰かということに決まっているだろう。おい、エミリオ!」


 アントニオさんからエミリオに視線を向けたユリウスは、彼を睨みつける。睨まれたエミリオは、びくりと体を震わせた。


「さぁ、エミリオ。本当の黒幕は誰だ? ここまできて、伯父上というつもりはないだろうな」


「あ、あの……あ……」


 エミリオはユリウスを見つめたままぽろぽろと涙を流していて、そんな彼が言った黒幕の名前は、


「アルバトス……」


 だった。


「アルバトス……アルバトスッ……」


 首を振り、泣きながらアルバトスさんだと繰り返すエミリオ。


「おい、てめぇ、いい加減にしねぇか!」


「お前もだ! いい加減にしろ、アントニオ!」


 怒鳴り、また机を叩こうとしたアントニオさんを、ゴムレスさんが止めてくれた。

 エミリオは泣きながらアルバトスさんだと繰り返す。

 まるで、黒幕の名前を言おうとすると、アルバトスという名前しか言えないみたいに見えるんだよね。

 これってやっぱり、おかしいと思う。


『おやおや、本当に私は黒幕ではないのですがねぇ』


 自分の名前を繰り返すエミリオを見て、アルバトスさんは苦笑した。それから、


『ユリウス、あなたも性格が悪いですよ』


 と言うと、私が考えた通り今のエミリオは何かおかしいと続けた。


『どうやらエミリオ様は、黒幕が誰だと聞かれれば、私の名前しか言えないようにされているのではないでしょうか?』


 だから、今この状況でもアルバトスさんの名前を口にしているということか。

 ユリウスがソフィーさんを人質にしたときも、アルバトスさんの名前しか言わなかったしね。

 これって、呪いみたいなものかな。

 それなら、異常回復呪文のリカバーで治してあげられるかもしれない。


「ユリウス……私……」


 エミリオにリカバーをかけてみようか?

 私はそう言おうと思ったんだけど、ユリウスは私を制すると、アルバトスさんにどうすればいいか聞いた。


『そうですねぇ……えーと、オリエさん、今、できるだけ質のいいポーションと聖水はお持ちですか?』


「え? は、はい、持っていますけど」


 ポーションも聖水も、特級のものを持っている。

 それを取り出してアルバトスさんに見せると、アルバトスさんは聖水をエミリオに飲ませるように言った。


『おそらく、今のエミリオ様は、良くないものが体に入れられているのでしょう。聖水を飲ませて吐き出させるか、浄化させるのがいいかと思います』


 え? 聖水って飲めるものなの? 飲んで大丈夫なの?

 ユリウスを見ると、なるほどと頷いているんだけど、飲ませちゃっていいの? リカバーの呪文をかけなくてもいいの?


『大丈夫ですよ、オリエさん。多少は苦しいかもしれませんが、オリエさんのポーションがあれば、死にはしないでしょう。今は、エミリオ様を良くないものから解放して差し上げなくてはいけません』


「あぁ、そうだな。さっさとやってしまおう」


 ユリウスは私から聖水の瓶を取ると、栓を抜いてエミリオの口に突っ込んだ。

 ねぇ、ユリウス、アルバトスさん……これ、もしかしなくても、ちょっとエミリオに仕返ししてる?

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