第117話・助けを呼ぶ声



 サーチートがホイホイして、ユリウスがバッサバッサと倒したゴブリンから左耳を切り取って後始末をした私たちは、一度このネーデの森から出る事にした。

 だってね、サーチートが何かを話すたびに、どこからともかくゴブリンが飛びかかって来るんだよ。

 ユリウスがそのたびにゴブリンを倒してくれているけれど、キリがないんだよね。


「サーチート、森を出るまで、話しちゃ駄目だよ? わかった?」


 抱っこしたサーチートに念を押すと、


「うん、わかったよ!」


 小さな手を上げて、サーチートが元気に答えた。

 すると森の奥からゴブリンが二匹走って来て、ユリウスに倒される。

 こら、と声をかけると、サーチートは小さな手で口元を押さえ、頷いた。


「サーチートのゴブリンホイホイって、一時的なものだといいけど、そうでないなら、サーチート、もう一人で森の中を歩けないんじゃないか?」


「そ、そんなっ!」


 ユリウスの言葉にショックを受けたサーチートが、また声を上げ、またどこからともかく飛び出してきたゴブリンは、ユリウスが倒す。

 確かにそうかもしれないけれど、今はこの話題をしないほうがいいよね。

 サーチートが声を出しちゃうもの。


「とりあえず、本当に一度森を出よう」


 追加のゴブリンの後始末を終えたユリウスが言った。

 森の中に入って、どのくらいの時間が経っているのかはわからないけど、森に入ってから私たち(主にユリウス)が倒したゴブリンの数は、五十を軽く超えていると思う。

 という事は、切り取ったゴブリンの左耳が、それくらいあるという事で……一応雑貨屋さんで提出用の左耳や魔石を入れるための麻袋を買ってきたんだけど、早く提出して手放したい。


「サーチートがお喋り大好きな事は知っているけど、サーチートが喋るとゴブリンがたくさん来ちゃうみたいだから、お願いだから森を出るまで、お口チャックしててね」


 今度はうっかり返事をせず、サーチートは口元を押さえたまま、コクコクと頷いた。


 街道の方へと森を進むと、あと少しで森を抜けられるというところで、助けてという悲鳴が聞こえた。


「どうしたんだろう! 誰か襲われているのかな!」


「ちょっと、サーチート! 待ちなさい!」


 好奇心旺盛でお人好しなサーチートは、私の腕から飛び降りると、声がした方向へと走り出す。

 誰かが襲われているのなら、助けてあげなきゃって思ったんだと思う。

 だけど今は、ものすごくタイミングが悪かった。


「オリエ、悪いが、先に行く!」


「うん、先に行って!」


 このネーデの森には、ゴブリンがたくさん生息している。

 誰かが何かに襲われているのなら、襲っているのはゴブリンの可能性が高い。

 そんな中にサーチートが飛び込んで行ったら、もっとゴブリンが集まってきちゃうよっ!


「ユリウス! サーチート!」


 私がユリウスとサーチートに追いついた時、ユリウスは二十体近くのゴブリンに囲まれていた。

 ユリウスはサーチートを抱え、器用に小さな口を塞ぎ、ゴブリンを斬り、蹴り、次々と倒していく。

 ユリウスを手伝おうかと思ったけれど、ゴブリンの数はどんどん減っているし、もう時間の問題だろう。

 サーチートのゴブリンホイホイの対処もしてくれているから、私は別の事をしよう。


「大丈夫ですか?」


 ゴブリンたちに襲われていたのは、五人のおじさんたちだった。

 おじさんたちのそばには、木を積んだ荷馬車と、それを引くための馬が二頭。

 みんなゴブリンに襲われて、怪我をしていた。


「あ、あんたら何者だ? でも、助かったよ……」


「俺たち、木の調達に来たら、ゴブリンに襲われちまってさ」


「本当に助かったぜ。それにしてもあの兄ちゃん、すげぇな! まるで……」


 おじさんたちはゴブリンと戦うユリウスを見つめた。

 多分、ルリアルーク王みたいだって思ったんだよね。

 その気持ちはわかるけどね。


「大丈夫ですか?」


 襲ってきたゴブリンを全て倒したユリウスが、おじさんたちに声をかける。

 おじさんの一人が頷いた後、う、と呻いた。

 どうやら、ゴブリンに襲われた時に負ってしまった傷が、痛むらしい。

 ヒールをかけてあげようと思ったんだけど、


「俺、ポーションを持っているので、傷を診せてください」


 と、ユリウスが鞄からポーションを取り出した。


「ユリウス、それ……」


 ユリウスが取り出したポーションは、家やシルヴィーク村に何本か置いてある、特級ポーションだ。

 彼はそれを怪我したおじさんたちの傷口に垂らしていく。

 ポーションって、飲んでも傷にかけてもいいらしいんだよね。

 おじさんたちは軽傷だったし、ポーションは特級だから、傷口にちょろりと垂らしただけで、おじさんたちも、二頭の馬の傷跡も消えていった。


「ありがとう、傷が消えたよ!」


「君たちは、命の恩人だ!」


 おじさんたちは商都ビジードの工務店の人たちだった。

 冒険者ギルドと商人ギルドの依頼で、この商都ビジードの近隣の村に丈夫な柵を作るための、材料となる木を伐り出しにきたのだそうだ。

 そして、木を伐り荷馬車に積んで帰ろうとした時に、ゴブリンたちに襲われてしまったらしい。

 助けてあげられて良かったと思いながらも、同時に少し申し訳ない気持ちにもなる。

 だって、おじさんたちは確かにゴブリンに襲われてはいたのだろうけど、さらに大勢のゴブリンが襲ってきたのは、おじさんたちと話をしたいのに必死にお口チャックをしている、サーチートのせいだからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る